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_ 掲示板:YaPW 旧掲示板 SMIL Boston日本語訳(頓座)
今日も無為に時間は流れていきました。空は綺麗で風も綺麗で、大地も、光も、綺麗でした。
ぼろぼろの状態ながらなんとか書き上げたProgressive4用の原稿は、ずいぶんズタズタのものになりました。っていうか、今の自分自身を書いただけという話もあります。困ったもんです。
今週末の日曜日、もしかしたら筑波に行くかもしれません。
できたら会いませう。
左様ですか。 果たしてそのとき私がまっとうに人の相手をできる状態なのかは不明ですが、 その場合はやっぱり人と会ってた方が幸せなので問題ないですね。 ということで、お待ちしておりますですよ。
呆然と日を過ごしながら、ふと「見えないとか聞こえないとかだと、世界の認識が違うんだろうなぁ」と思う。試しに手話が使える健常者の友人にそのへんのことを聞いてみると、大きくうなずかれる。
見えないって、どういう事なんだろ。聞こえないって、どういうことなんだろ。
残念ながら、ぼくは見えるし聞こえるから、見えなくて聞こえないことはわからない。そのぶん感じるものが多いことを感謝しながら、ぼくは見えなくて聞こえないことを想像してみた。
見えないこととか聞こえないこと自体は、辛いことじゃない気がする。それでも世界は綺麗だろうし、たとえ感覚が一つだけでも世界はとても綺麗だ。けれど、ぼくには見れないけれどみんなが見れること、ぼくには聞こえないけれどみんなには聞こえることが、悲しいことにつながるんじゃないだろうか。
確かめる方法はない。ぼくは感謝すべきことに、見ることもできるし、聞くこともできるから。
えー、某所で「ちゃんと生きてますか?」とか聞かれたりしたので、真面目に近況報告。
生物学的には生きてます。一時期、一人でいると食事もしねぇというヒドイ有り様だったこともありますが、少しだけ立ち直り中。
社会的には死人も同然です。社会的義務はちっとも果たしてないし。授業も研究室も関係ありません。もうただ親の金で日々過ごしてるだけ。ダメ人間もいいとこ。
そんな私が無事なのかと言えば、当面死ぬことはないでしょう。あんまちゃんとしてませんね。一人でいると感情が暴走するの抑えられないし。常に誰かを求めてフラフラしている毎日。
そんなことですんで体の方は治ってません。っていうか、こりゃあ慢性化しちゃうかなぁ、気管支炎。困ったもんです。
とまぁ大変ヒドそうな感じですが、たぶん世の中もっと悪い状態もあるんだろうなと思います。そこまで行けないのは幸せなのか、不幸なのか。さっぱりわかりません。いっそ完璧に壊れたほうが楽なのかも。
ちうわけで、他の社会的責任は切って捨てた状態なのですが、何故か件の本の編集だけはやるんじゃないかなぁ、と思います。いや、単純に本作るのが好きだから、でしょうけど。
おはなしを聞くのが好きです。
おはなしを考えるのが好きです。
それから、おはなしを書くのが好きです。
だからぼくは、おはなしを書くんだと思います。少しでも、ぼくが願ってやまないあれに届くように。今のぼくでは届けないから。
ぼくは壊れると必ずそう思います。それだけ深く、ぼくはおはなしを紡ぐことに憧れています。いつか誰かの心にとどきたい。そんなことを、願います。
でも、もっと単純なんだってことも知ってます。たぶん、誰かを抱きしめれば、誰かに抱きしめられれば。それで満足してしまうことも、知っているような気がします。
でもぼくは、おはなしを願うのです。いつか誰かを抱きしめるときに、もっと素敵に抱きしめられるように。それから、ぼくからでは届かない誰かでさえも、抱きしめてあげられるように。
呼び出しを受けて、研究室のボスとお話。思ってたよりすんなり話ができて、ちょっとだけ元気が出て。でも、ぼくもぼくのもやもやが分かってないって再認識。
現状がダメだと思うなら、変える努力が必要です。一人でやるのが無理なら誰かと協力してやるのがいいんじゃないでしょうか。私自身にも言えることだけど。
つーか、映画だかゲームだか、なんか集団作業の作品作りたいです。個人作業でもの作ってても、自分の中から力を絞り出すしかないから。今は自分の中に力が少ないと思うので。
そういえばあのときって、わかってほしかったけれど、わかってもらえるのはもっと怖かったから、だから拒絶してみたんだということに気付いてみて。不器用ですね。どうしようもないぐらい。
ちょっとした返信。残念ながら、ぼくの中の激情がうずいている限り、ぼくは手を抜くわけに行かないのです。それはとても届かない遠くにある夢だから。届かないとわかっていても、ぼくには掴まなきゃいけない夢だから。
ひょっとすると、この想いを抱えたまま生きていくこと自体が無理なのかも知れません。でも、ぼくがぼくであるために、この想いは捨てられません。だからぼくは、無理してでも生きようと思います。この想いを抱えているがゆえに、世界のぜんぶが絶望に彩られようとも。
すごい友達がいて、彼はとても強くて憧れるのだけれど、ひょっとするとぼくは彼よりずっと強くて、ただぼくが追っているものが遠すぎるから弱いのだと、そんなふうにも思ってみたり。
今日もこのあたりは、おひさまがたくさんのすてきなものを照らし出します。夜になれば宵闇が浮かび上がらせます。世界はこんなにすてきです。ぼくのつたないことばでは、そのカケラも伝えられないけれど。
Progressive4の、原稿叩きフェーズに参加。初稿が上がってるものについて、そりゃあもう容赦ない意見を叩き込む――のですが。
今回の禁断っぽい言葉は、「台詞で説明しすぎ」「構成から再検討」「前回と同様のアドバイス」「読んでて面白くない」あたりでしょうか。覚悟してない人にこんな調子で評価したら殴り返されるんだろうな。
しかしこの「殴りあい」が功を奏してることは確かで、各人毎回腕が上がってるなぁ、という印象はちょっとはあります。ちなみに私が言われたヒドそうな言葉は、「読者を置いていってる」「設定の粗がある」ですね。どっちも図星だけど。
難点は、語の用法とかにケチつけるのが私だけなもんで、全体的に文章が私っぽく染まってく恐れがあること(^^; 確かに言葉の感覚については、常人よりシャープだとは想いますけど。でも、もうちょっと自分の言語感覚に自信持ってね>関係者各位
と言うか「小説を書くことは、歌うこと」と認識しているアレな私を基準にするのは危険だと想います。できるだけ基礎部分のアドバイスに留めてるつもりだけど、ときどきは好みで口を挟むので。
そんなわけで、Progressive編集長のお仕事は大好きです。もっともっといろいろ想ってて、いろいろ書けちゃうぐらい。 そういえば、なんてのを、有志の人が立ち上げるみたいです。インターネットの小説文化を育てるのにはかなり興味あるし、お手伝いぐらいしようかしら、と思ってみたり。
そういえば、Progressiveの意義について話してみようかしらん、と思ったりもしたが、こことかここでそんな話をした気も。
おでかけしました。つくばを出て秋葉原をなぜか経由して、人をお迎えに行った後、お食事。
戦利品は、某Kanonの初回限定版。美味しい食事の満足感。あとはいくらかの激情。って最後の奴は何やってても今ならもれなく手に入りますけど。
気分転換にはなりました。だからって今日明日立ち直れるわけでもないけど。こうやって小さいことを積み上げて、少しずつどうにかしていこうと思います。
Kanonをプレイ開始。感想雑多につき、Tips以下にて多量のコンテンツを増やしていくこと決定。
遊びながら、あるいは自転車を漕ぎながら。世界を感じ、心の裡に涙する。
世界をうつろう歌。掴めるだろうかと思い悩む。小さなところから埋めるしかない絶望感に、前進を決意する。届かないと分かっている。だからこそ、進むことに意味はある。
何百度目かの決意。そのたびに絶望し、それでもぼくは立ち上がる。逃げないで。決して最後は逃げないで。
Kanonはプレイせず。小説モドキを書いてただ過ごす。創作するということとか、創作の受け手が変質している現状とかについてだらだらと会話。
創ることというのは、モラトリアムだと思う。現実を、ただ生きるための現実を忘れて、空想の世界から何かを切り取る。それで生きていけるのは、切り取ったモラトリアムを売るから。自分ではモラトリアムに潜れない人たちに、モラトリアムを切り売りする。野を駆けて狩りをして。あるいは山や森で実を取って。子を成し、戦い、死んでゆく。そんな生命溢れる生き方とはまったく正反対の、弱い生き方。けれど、誰かを強くする。そのための生き方。
ぼくはそんなモラトリアムにたどり着きたいのかもしれないと、嫌悪を憶える。
バイト先で仕事中にふとキモチが昂って、泣きながら仕事する。うわごとのように決意を口にして、進むための活力が湧いてくる。
残念ながら現実に向かうための活力じゃないけど。でも、今の僕のしたいこと、やりたいことには向かっている。できることから、進まなきゃ。
それはそうと、Kanonはプレイ進行中。むしろシナリオ感想をガリガリ追加中。
インターネット創作文芸賞、の方については、Progressiveやらエヴァ小説ML出版部やら某エヴァ小説掲示板の反省から、早期に主張を固めるべく強引な行動開始(笑)
家に遊びに来た友人たちと雑談。会話しながら、自分がどこかで論理を捨てざるを得なかった人間だと認識する。論理では乗り越えられない壁があったから。想いでしか越えられない絶望があったから。まだ越えてない。僕の想いは、まだ足りてない。
かなしくて、ただかなしくて、なにがかなしいのかもわからない。
ただかなしいだけが昂って、胸をいっぱいにする。
悲しいなのか、哀しいなのか、それともカナシイなのか。どれかもわからないまま。
いっぱいに詰まったかなしいを抱えて、心がいまにも悲鳴をあげる。
けれど涙は流れない。
涙のほんの少しまえ、かなしいを想っていられることに、歓びを。
悲しいまま、哀しいまま。カナシイままだけど、歓びが降り積もる。
埋めるわけでも、打ち消すわけでもなく。
ただふたつはとけあって心をいっぱいにした。
心は悲鳴を立てる。ほんのかすかに悲鳴を立てる。
ぼくは声をひろいあげ、めいいっぱい放り投げた。
それでも小さくかなしい声が、ぼくのかなしいを、かきたてた。
emotionalな自分とlogicalな自分が別々になってきた感じ。
>もくもくもくでちゃかちゃかちゃかな人
既に私の状態は元気づけるとかじゃなく、自力で這い出していくほかない状況なのですよ。他人の言葉は後押しにはなりますけどね、進むのは結局自分ですし。卒業ですか? ちゃんと前向きに考えてますよ。もう1年かかるつもりですけど。
Kanon、一通りクリア。感想についてはKanonのTipsから参照のこと。つーか、Tips肥大化っぷりはダブルキャスト以来ですな。
それにしたって、他のプレイレポート群を読んでると、みんな素直にプレイしてるなぁって感慨。私がヒネてるだけなのか、クリエイター志望の宿命なのか。
土曜日。Progressive4のための論評会と称したオフ会のため、東京へ。紀伊國屋でへれへれとハードカバーを三冊。
日曜日。買ってきたうちの一冊、インターネットマザー読了。感想等は後日。
時刻的に月曜日になってから、Kanonなページの更新作業&KeyのBBS読み。時間かかる。なんか昔を想い出す。ああ、大学2年目で壊れたときも同じことしてたんだっけ。あの頃に比べて、ものを書きたいって気持ちはずっと進んだ。技術も少しは身についた。いくらか冷静にもなり、やり場のない感情の扱い方も多少はマシになってると思う。あのころはホント、酷かった。その前の方が、酷かったけど。
時間、かかるんだろうなと思う。壊れたとき、治るのに。
この心のもやもやを抱えたまま生きていくには、たぶんときどき壊れることになる。そのたびにたくさん時間を使う。信じていいものの全部を壊されて、もう一度全部を作りなおすから。そのたびに新しいことに気付くから、気に入ってるところもあるけれど。
もやもやを消し去るべきなのかもしれない。けれど、それは書き換えること。忘れて捨てて騙すこと。そんなやり方は嫌いだから、やりたくない。ただ、見つめる機会は欲しいかもしれない。そのための方法を、取ってみようか。
なにごとも、時間がかかる。作りなおすのも、見詰めなおすのも、もう一度始めるのも。今はせめて、その時間を。
久々に平穏。
穏やかな風、温かい日差し、包み込む草やアスファルトの匂い。世界全てを埋め尽す静寂の轟音。素直に感じ受け入れることで、自分に目も耳もないことに気付く。
世界に語りかけるにはどうすればいいか。答えは単純。
これまでも繰り返してきた、単純な目覚めだ。
準備は整った。今度は何処へ進もうか。一つだけ、やることを増やせばいい。あとはまた繰り返すだけだ。それで進んでいく。極めて円環の螺旋を辿り、ほんの少し、上昇する風に乗る。
寝入りながら、パッヘルベルのカノンが交響楽に展開されてゆくのを聞いた。
騒然のはずの室内でふと、隅のあまりの静寂から、遥か高空の風の流れを知った。
自分が現実から切り離される? 聞こえているものが異世界に思う?
かと思えば揺り戻すように甦る感覚。遥かに鮮やかに、脳裏を灼く。
希望と絶望が入り混じる。解離されたような現実感。
歓びと悲しみのあまり微笑して――筋肉の動きに圧倒された。
前に先生ともお話ししましたし、久々に読書などしてます。で、せっかくだから書き留めておくのが吉ってことで。
まずは『グッドラック 戦闘妖精雪風』の簡単なレビューを書きました。気に入ってないんで、再読して書き直すかと思いますけど。
それから、神代創センセの負けっぷりを確認すべく買っておいた『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』の1巻。YU-NOをノベライズしようなんて、企画自体が馬鹿馬鹿しいじゃんと思って読んだら、予想通りの大負け。つーか勝てるわけなし。
以下備忘録気味に:読みかけのものが、「仔犬ローヴァーの冒険(J.R.R.トールキン著、山本史郎訳、原書房刊)」、未レビューのものが、「インターネットマザー(香山リカ著、マガジンハウス刊)」。あと、ゲームでOne、MOON、あたりの簡単な論評記事でも書こうかというところ。しかしOne、MOONあたりは痕とかYU-NOあたりとの対比が欲しいから――ってそしたらかまいたちとか弟切草とかもやらなきゃならんのか? うひー。
遠慮してるわけじゃなく、某KmA氏に対するのとまるっきり同じこと言うのは面倒、というだけの話です。本人もどこが悪いか自覚してるみたいだしとりあえずほっておこうかと。KmA氏のと違って到達点は見えてるっぽかったし。>いっちー氏(6/22参照のこと)
ただし、あの日の時点では没に二番目に近かったです、はい。
むしょうに気分が最悪です。なにかあったわけじゃないけど、精神のバランスが根底から揺いでます。欝だなぁ、と非常に実感。
『君だけを見つめてる』はですね、要するに七瀬あゆむがあまりに女臭いのが悪いような気がするですよ。ストーリー中の大局とかちっとも考えないで、よさげなシーンを連綿と綴っていくという。高河ゆんとかもそんな感じ。どっちも非常にバランス悪い作家だと思います。>T-ruth氏
そのへんの話、作品が男臭いとか女臭いとかはいずれまたちゃんと書きます、はい。
こまったことに、Kanonがひさびさに2次創作な心を揺さぶります。せめて「2次創作小説はアレだからゲーム的なシナリオで踏み止まっとけ!」とばかりにDNMLをダウンロードしてみたり。使うかどうかは未定。
それはそうと、昨日の話について、性別による創作物の性質にて簡単にまとめてみました。まだまだ不十分な文書なので今後改訂していく予定。そうそう、Kanon関連やらなんやらでガッと書き上げたモノを創るための2つの意識 も公開してます。こっちはこのままでいいかもって出来。
昨日はなーんもやる気が起きず連絡もせずバイトをサボる。んー。いつ首切られてもおかしくないやね、まったく。
ところで今や日本を動かし始めているのは「ガンダム」世代だと思うのですよ、誰が何と言おうと。美空ひばり世代とか、馬場・猪木世代とか、あるいは長嶋・王世代とか、これまでの世代にもそういう「時代のヒーロー」の名を冠することが可能だったわけだけど、そう考えると「ガンダム世代」ってのはあながち間違ってないかな、と。するってーとそのうち「エヴァンゲリオン世代」ってのが発生するのか? なんか嫌な世の中になりそうな気がするぞ。だからと言って「小室世代」ってのもちょっとアレ(笑)
今日はへれへれと物書きをして過ごす予定……ってもう夕方? なんてこった。そうそう、オタクマガジン――もとい、「マガジンZ」見ました(年齢を感じる日々・後半参照)。なんちゅうか、角川系マイナー漫画雑誌とメジャー少年誌の色が混じりあってヒドイことになってる気分(^^; たぶんどっちかの色がそげ落ちていくんでしょうけど、それにしちゃあウリが足りないかな、という印象。私的には衣谷デビルマンがいい感じでした。
ところでCOMIC GUM月刊化って嘘ですよね? 絶体無理だと思うんですけど。なんであれが月刊化できるんですか?
#エヴァで一世を風靡した関係者がONEとKanonに(6.21参照)ってのは、ONEやKanonが、エヴァの影響によって発生したものだから、という見解を立ててみませう。
ああいうふうに内的世界を臆面もなく表現できてしまうってのは、文学とかでは古くから行なわれてたことだけど。それをエヴァがアニメというエンターテイメントの土俵でやったら、それが一気に世代というか時代の空気として広がっちゃって。追っかけてないからわかんないけど、少女漫画とか影響大きそう。で、そいつがゲームという土俵で顕在化したもののひとつがONEやKanonなんじゃないかな、と。間に数年間があるから、洗練されたかたちではあるけれど、「エンターテイメントのまま純文学」というスタイルは共通のものだし。だから同じような匂いを嗅ぎ取って、そりゃあ似たような人が群がるでしょうね。ところで某MLの主要メンバーという発言には私含むのでしょうか? 気になるところ。
で、同じページの上の方へのツッコミなんですが、二次創作についてはそんな心配することもないと思います。今後出てくるクリエイターには、二次創作に色付けされた世代が増えていくでしょうし、じきに黙認の体制が広がるんじゃないでしょうか。自分達も二次創作することで育ってきたんだ、抑えつけることはないって。まあ、企業の論理とクリエイタ─の論理、ふたつがどこかで均衡するでしょう。ネットワークが拡大すれば、クリエイターは企業体を必要としなくなる可能性もあるし。
気の早い話ですが、Progressive4の私の原稿、連作短編化できないかなと思案中。わりときれいにまとめられそうなアイデア思い付いたので、そのうち意見聞いて貰いたいです>関係者の方。
今回はいっぱい書きましたね。まぁ、いろいろ書きたい気分ってことで。
上の方のリンクバーをいじってみたり、このページについての但し書きを書いてみたり。ごちゃごちゃといじり回しました。ちょっとレスポンスが悪くなったのはTableタグのせいかと思います。Table嫌いなんだけどねぇ、見た目整えるのには一番楽なんだよねぇ。
ところで小説が一行も進んでないのはどうしたことでしょう。書く気満々だったのに。逃避からも逃避する有り様。ダメ。
戯言への反応ありがとうございました。それはそれとして、該当部分により適切なアンカーをつけたので、そちらに張りなおすことをお薦めしておきます。
それから、私の認識は「怖い人」で一向に構いませんが(笑)。こんなもん書くような人だし、エヴァ小説な世界では結構武闘派だったという自覚もあるし。早々とオリジナルを指向しただけで。そうそう、同系統でもっと過激な文書もあったりします。あと1〜2年しないと怖くて公開もできないようなヤツ(^^;。
うひひひひひ<DNML
えー、なにがおかしいのかは分かりませんが、なんとなくわかったりわからなかったり。でも、ゲームのスクリプト書きに一回ぐらいは挑戦しておくべきかなって気持ちはあるんですな。
さて、今日はモノ書きしようと思っていたのですが、気付くとWebを漂っていたりしました。Kanonなページをへれへれ回っていて、そのうちに某鬼塚さんのページにたどり着いたので、さしあたり興味のあるあたりを読んで。XVTEXTとCTEXTに触発されて、X-windowsのプログラミングにでも手をつけようかな、と思ってみたりして。んー、しかしUNIX用のADVエンジン組んでもなぁ。音楽再生とかのツールキット調べるのも面倒だしなぁ。DNMLのUNIX版? WindowsのDLLであるSusie Plug-InをディスアセンブルしてUNIX用のデコードエンジンへコンバートするプログラムでも組むと言うのかね? そんなん無理に決まってるがな。
しかし、テキストとグラフィックだけのエンジンぐらいなら割と組めるような気がしないでもない。ホントに組むかどうかは……って社会復帰が先な気がしないでもないぞ(^^;
なんとなく学校のO2でサウンドファイルをいじってみたり。確かに高機能かも。いやあ、マルチメディアオーサリング用のUNIXマシンなんだなぁ、と改めて実感。こんなに強力なのに、誰も使ってないもんな。勿体ない。
えー、分岐型アドベンチャーゲームにおけるシナリオ構造の比較なんてのを書いてます。いつぞやに書いていた「One、MOON、あたりの簡単な論評記事」から発展的に考えていったらこんな感じになりそうってことで。「システム面からシナリオ構造を考える」といった感じ。目下、YU-NOの構造図をどうやって書くかが最大の問題。んー、YU-NOの前フリのためだけにEVE入れるか? でも、分岐型アドベンチャーじゃないんだよな、EVEって。
<私信にお返事気味>
アンカーありがとうございます。リンク張り直しました。
次回作は今のところはオリジナルです。つーか、長編書けと綾金方面とかから電波が飛んでくるような来ないような。去年舞踏会作ってからパロディ書いてないし。
KanonネタのDNMLは……そもそもDNML落したのは、ゲームのスクリプト組んでみたいなーという欲求がベースなので、ゲームにできそうなネタを思い付いたらですかね。いまのところは小説/漫画になりそうなネタしかないです。しかし今や「DNMLのUNIX移植版組むか?」という妄想がへれへれと頭の中に産まれてたり迷走っぷりが徐々に発揮されておりますですよ。あ、テスト動作用のPerl版DNMLパーザ─ってのはアリかも。それともRubyあたりでガツンと組むか? いや、DOS用のCコンパイラが手にはいるならCベースが理想ですけど。そう言えばFreeのX86系Cコンパイラってありませんでしたっけ? DOSベースのやつ。
ところでOneの評論(書きかけ)、私は好きですけど、長いっすぅ〜。んーと、「作品としては許されるが商品?としては冗長すぎ」って感じでしょうか。システム的な考察とシナリオ的な考察が入り交じってるので、そのへんが長くなった要因かな? Oneは二つが不可分に近いので難しいんですけどね。
</私信にお返事気味>