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舞踏会の誤植修正作業を進める。90%完了。あとは一部足りないファイルの追加&ファイル名の変更程度で終了。
という見通しが立っていたので今日の午前中はEPSONの98互換ノートにFreeBSDをインストールすべくCD-ROM付きの本を買いに行って、そこでいじったVAIN PCG-01(目玉付バイオ)に衝撃を受ける。
なにに衝撃を受けたって、目玉付バイオのスティックポインタ(DynaBookとかThinkPadなんかのポインティングデバイス)に驚いたのだ。よくスライドパッドに、「叩くとクリックしたことになる」という機能があるが、なんと目玉付バイオのスティックポインタも、この「叩いたらクリック」に対応していたのである。
非常に直感的にサクサク操作できる。しかも、ホームポジションから手を離す必要がない。反応もノート用ポインティングデバイスとしてはかなり良い。これは、Let's Noteの光学式トラックボールといい勝負かもしれない。ということで、非常に目玉付バイオが欲しくなる。無性に欲しくなる。とは言え、金がないので当分先の話だな。
そうそう、明日の月曜日もアキバに行くらしい。ということで同行者2名まで募集中。
舞踏会の誤植修正作業、おそらく一通り完了。来週には公開したいんだけど、微妙な線。というか、奥付はその方向で付けましたので>綾金の責任者の人。
土地の色変えは各色にあります。そんなわけで、色の差はそんなにありません。>T柿氏
カルドセプトはですね、こないだ全カードコンプリートしたばっかりなんですが、メインのブックはおそらくこれが最強形態って感じに極まってます。ポイントはリーンカーネーション×4とホープ×4。クリーチャーは3〜5体。他の部分はマップによってカスタマイズされるべきでしょうが、基本型はそんな感じです。もうとにかく強い。圧倒的に強い――って対人戦やったわけじゃないんでよく分りませんが、私と同じレベルにカード集めた人が近くに……いないことはないけど(^^; しかしその人も私と同じような形態に行き着いたらしいです。ちなみに対コンピュータの1対1なら、マップを選べば20分で勝てます。つーか、対戦希望。
レポートをせねばとか意識はあるけど、今日は寝過ぎて動きが緩慢。やはりパッチ作業のために徹夜したのが敗因か。明日から気合いを入れ直して、週末は帰省の予定だからそれまでにftpを片付ける、と目標だけ立ててみるテスト。
レポートが切羽詰まってきたので、それ以外に目が向く。習性とは分ってるけど、怠惰なことであるものよ。
Progressive3の初稿締め切りも過ぎ、めでたく原稿は出揃っていない。が、とりあえず出ているものに関しては袋叩きを始める。ということで既に上がっている(自分以外の)原稿を読み、思ったことなどメールする。自分でも結構ヒドいこと書いた気がする。しかしこうやっていいものが出来ていくのだってレポートはどうした。
そう、レポート〆切が迫っているのだ。ということは即ち余計な作業ばかり進むってことだから今週中に小説が一本ぐらい書き上がりそうな気分……などとアホ言ってられる余裕すらない。
なんつっても、二本のレポートのうち片方にメドも立ってないのが危険である。むぅ、過去レポ探して「参照」するしかないんか? それは相当敗北なんだけど。そんなプライドないようなことするぐらいなら叩き切ってもう一年!とか漢気満々なことを思わないでもないが、既に1回留年の身、親の視線が痛くなるのは避けたいところだ。
それはそうと、ツッコミへの遅れた返答。
うがー創刊号「定食」の文字が気になりますがわざとですか。
とりあえず誤字情報には感謝しておくとして――ええと、ホントは間違えただけなんですが間違ってる方がそれっぽくて良いので間違ったまま採用しましょう(^^;
機械じかけの神々(五代ゆう、富士見ファンタジア文庫)を読み返す。確か「俺的富士見ファンタジア文庫絶対読んでおけ三選」に確実に入る話だったのだが、すっかり内容を忘れておったので。
まぁ、当然大敗北ぐらいはするだろうな、と思っていたのだが、そんなレベルでなく圧倒的に敗北した。
どのぐらい敗北したって読み終えたその場で赤ん坊みたいにわめいてしまったぐらいですよ、ええまったく。
確かにヒロインの動機付けがちょっと足りなくないかいとか、最後の終わらせ方はいささか無理がないかぁとか、いろいろツッコめそうなところを見つけられるあたり、自分の成長が伺えていい感じではあるのだが、なんといっても痛いのは今の自分と同じぐらいの年齢で書かれた、ってことである。
男女の違いってことももあるだろうし(思うに、作家としては女性の方が早熟)、同じ人間じゃないんだから仕方ないとは思うんだけど、むぅん、やっぱり経験が足りんのう>自分。しかも自分の年齢を考えてみると、大学生のうちにプロの作家になることは絶望的なのだ。大ショック。
ということでレポートのことなぞ忘れて小説がバリバリ書きくなってみたりする。しかし、親のスネかじってる身ではあるし、忘れるわけにも行かない。
つーことで、とりあえずレポート。
さて、あんまりうちひしがれてもいられないので、とりあえずレポートをやる。mini-ftpなプログラミング。ファイル転送のためのプロトコルを「自作」し、それに沿ってサーバーとクライアントを作るという実験。わりとさくさくプログラム書いてたのだけど、見辛くなってきたからもう一度白紙から書き直す。
ときどきこういう凝り性が出る。小説でもそう。続きを書こうとファイルを開いて、ハタと気付くと今までの文の手直ししかしてなかったりする。そのかわり、出来上がったときにはほとんど文は仕上がってることが多い。ただ、そのやり方は圧倒的に遅い。あんまりエンターテイメント書くのにも向いてない。もうちょっとだだーっと書く技術が欲しいのだけど。
ちなみに今朝方書いた「俺的富士見ファンタジア文庫絶対読んでおけ三選」の残り二つは、「風の白猿神(ハヌマーン)」と「まさかな」かなぁ。ホントは「雷の娘シェクティ」とか入れたいけど、今じゃまず手に入らない(^^; そろそろ入手可能性の問題からハヌマーンが抜けて、何かに置き換わる気もするけど。置き換わり候補はなにかな、俺的な選考でいいから多分「龍炎使いの牙」「食前絶後!」「正しい台風の起こし方」のいずれかだろうけど……アクの強いもんばっかし(笑)
なんとなく気分で「そのときのタイトル」をつけてみる。今後も気分でつけるかも。
ということでProgressiveの話。
元々、「Progressive」って名は、話中で登場させる劇団の名前として使うつもりだった。「進歩的に」「漸進する」って意味の言葉だから、まあそういう話。
それを、とにかくエヴァ小説MLな面々でオリジナル小説同人始めようってなったときに、この名前を借りてきた。少しでもいいものを書きたい、そう言う気持ちを忘れないで、ぼくたちの作る本が決して安住の地にならないように。ついでに、ちょっとだけエヴァに絡んだ言葉でもあったし――というのは指摘されて初めて気付いたんだけど。
他の面々がどう思ってるかは分らないけど、Progressiveは実験場でありたいと思う。長編で書き出すためにイメージをまとめてみたいとか、今まで試したことのないスタイルに挑戦してみたいだとか、余所ではなかなか出せないものが書きたいだとか。
ただ、実験場だからって半端なものを書くんじゃなくて、あくまでも漸進していくこと。少しでも良いものを書こうとすること。それだけは決して忘れないように。だから名前を言うたび漸進することを思い出すように。そういう意味を「Progressive」って名前に、込めたつもり。結果は? まだまだ見えてこない。だってまだたったの二冊、今作ってるのでも三つ目だ。漸進は始まったばかりで終りなんて果てしないむこう。だからといって、Progressiveを安住の地にしちゃいけない。もしも漸進のために必要なら、Progressiveという場すら切り捨ててでも、先へ進む。そういう想いも詰まっている。
もっとも、それでもProgressiveは実験場であり続け、いつかまた戻るための場所でもあって欲しいのだけれど。それは贅沢な願い。
なんかしらんが散々苦しんだftpのサーバー&クライアント作成の課題が終了。
後はクライアントローカルで実装可能なコマンドだけを追加するぐらいか。ひょっとするともう少し根性入れて、最低仕様準拠のftpサーバー&クライアントにするかもしれんが……多分その前に気力が尽きると見た。
さあ、これで後はB木をやるのみ……ってどうして前半と後半で一つずつの実験が、学期の後半終了寸前で片方しか終わっていないかな? まぁ、学類の半分以上がそういう状態かとは思うんだけど。あまつさえ近隣の3年生を見ていると、1週間前に片方終わってるのが優秀にすら思えてくる。
そんな折りでも、Progressiveの原稿叩きはやってみたりする。ということで第2稿を読む。随分きっちり直ってたりするが……このままだとほとんど俺好みに変ってくだけだぞぅ、それでいいんかぁ?>他の面々
つーか、誰かワシのにも突っ込め。
今日は解放感に任せてチャットにいそしむことにする。明日からB木。
B木の課題を読む……めんどくさそう。
むぅん、過去レポやら参考文献やら首っ引きになりそう。あと1週間弱で完成――しないと留年だよなぁ。そんなわけでB木ぎりぎりまで粘れるように、今日はftpのレポート化。プログラムが完成するだけではダメなのだ。
それはそうと、なんか(高校の)後輩のページの掲示板で、議論が始まった。まぁ、掲示板によくある不毛な議論ってやつ。客観的な結論が「それは主観の違いってヤツですね」で終わってしまうようなやつ。
当然、議論そのものに結論が出るはずのものではない。しかし、ネットワーク上の議論だとそういう議論にも結論が出る。出てしまう。えてしてネットワークでの議論ってのは大勢を味方に付けた方が勝つ――というのは正確な言い方でない。「大勢を敵に回した方が負ける」という方が正しい。
何に負けるのかというと、数の暴力に負けるのだ。
大勢を敵に回すと反対意見を出す人の数が増える。反対意見には反対する必要がある。反対意見が多いと反論するのに手間が増える。手間が増えると仕事が不正確になるから、そのうち自分の論旨の綻びが見え始め、そこにつけこまれるようになる。つけこまれたら、もう終りである。ボロを隠すために言い繕ってもまた綻びを突かれる。後はこれの繰り返しで負ける。
では、そのような状態でもなおかつ議論するにはどうすればいいのか? 簡単である。勝ち負け考えなければ良い。だがしかし、それでも勝ち負け考えねばならぬとしたらどうすべきか。それは、「下手に出る」が正解である。
ひたすら下手に回り、相手の意見を尊重しつつ自分の意見を話す。相手が何かボロをこぼしたら、即座につけこまずに念押しをする。言質が取れたらこちらのもの、それを隠し持っておいて平然と議論を進め、相手がもう一度バカなことを言ったらかつての言質と共に叩き付ける。
ただし、自分の発言は忠実に実行しなければならない。自分の発言に説得力を持たせるためだ。また、自分が言質になりそうなことを言ったと気付いたら、即座に謝る。決して言質を取られないためだ。相手が丸腰でこっちが剣を隠し持っていたら――相手が武道の達人でもない限り、ほぼ確実に勝てる。そういうことだ。
しかし、そのように完璧に進められたとしても、ネットワークの議論には大きな落とし穴が存在する。それは、(まだ)ネットワークは現実でないということだ。
昔、お手本のように有利に進んだ議論を経験したことがある。だがしかし、その後に襲ってきた現実における忙殺の末、議論は発散し手にしかけた勝利はどこぞへと消え去った。議論は余裕のある人間にしかできんものだと、痛感したものである。
ということで、学生だったりするそこのあなた、適当に議論してみませんか? 今じゃなきゃ考える機会なんて減りますぜ。
レポート〆切が近いと空想やら現実逃避やらが進む。
ということで昨日深夜の話だが、「風のクロノア」をクリアした。で、泣く。
密かにWORD部屋にて遊んでいたのだが、人目もはばからずに泣いてしまいましたよ私は。エンディングが私の好みに大ヒットしたってのもあるけど、激しく任天堂文法なゲームの最後に、ああも素晴らしいエンディング持ってこられれば、感動しないほうがむりってもんでしょうよええまったく。
なんか最近人の作品体験してこうなるパターン多いぞ。「機械じかけの神々」のときもそうだったし、「LUNAR2 Eternal Blue」のときもわりとそう。そーいや「MISSING GATE」でもそんな感じか。
この感動に任せて私も討って出なくては!という焦りが生じるものの、しかしそれは当面のレポート地獄から目を背けているだけのこと、たかがレポート地獄にも勝てないようで「いいもの」作ろうなんて考えが甘いわぁっ!
と無意味に自分を焚き付けるのはいいとして、改めてクロノアの話。
何の説明もなく「任天堂文法」という言葉を使用したが、「難しいが、個々の問題をクリアするためのヒントはゲーム中のどこかに必ず隠してあり、理不尽な難しさではない」というゲームのバランス調整術を指す言葉だと思って欲しい。
任天堂の有名ゲームの大半がこの原則に則っているので、(身内では)「任天堂文法」という言葉が成立している。
おそらく対義となるのが「SQUARE文法」で、こちらは「恐ろしく甘いゲームバランスでとどめておくことにより、誰でも問題をクリアできるようにする」というバランス調整術だろうか。
で、任天堂文法に則ったゲームは難しい。なぜかって、わざと難しくしてるから。ただし、難しいだけに個々の課題をクリアしたときの達成感が大きい。
そして、風のクロノアは任天堂文法を正しく利用したゲームである。
正しく任天堂文法な課題の積み重ねは、プレイヤーとゲーム世界の一体感につながる。(難しい問題をクリアしたという達成感が、感情移入を助けるから) しかも、一体感が「かったるい」という感情に変わってしまう直前ぐらいのタイミングで問題解決に至れるようにバランスが取ってあるので、ますます世界にのめり込んでいく。
それに、周辺オブジェクトの使い方が輪をかける。ポリゴンバリバリではあるが、ふわふわとした感触を想像せずにいられないグラフィック、少しだけ優しい気持ちにさせてくれるBGM、登場キャラクター達のしゃべるエキゾチックだが懐かしい言葉――そういうオブジェクトの積み重ねが「完成したファンタジー」を演出する。
極端なたとえをすれば、「SQUAREのグラフィック技術で作った任天堂ゲーム」という印象でもある。見た目と中身の両方を兼ね備えた、見ていても遊んでも楽しいゲームである。
そんなわけですっかり世界に没入し、「ああ、クリアしたんだ!」という達成感を得たところにガツンとエンディングが来る。そりゃあもう泣きもするってもんですぜ。むしろ泣かない方が悪ってぐらいに私は泣きました。
泣きながら、「畜生、いつかこのぐらいのもん作ってやる」と心に誓ったのは当然のこと。ただし、当面はレポート地獄。
そういえば、今朝方立ち読みした少年ジャンプに載っていた「鉄条」って漫画が、酷くパワフルで刺激的だった。粗削りだけど、この作者パワーあるわって。One Pieceのプロトタイプほどの衝撃はないけど、5年後の少年ジャンプが楽しみな感じ。
ツッコミが入ったので誤字を直す。感謝 > T。
B木のレポート、ライブラリ関数は一通り組んだんだけど、動作試験してない(^^; 非常に不安。どうなるんだろう。なんか、「うまく動きませんでしたごめんなさい」ってレポートを出してしまいそうな予感。そしたらもう一年の可能性もある。再提出で済んでくれることを祈ろう。
ふと、自分はものを創るべき人間でないのかも知れないなんて思ってみる。むしろどの分野にしろちょっとずつ知識があるのを活かすなら、自分はゼネラリストとして立っていくべきではないかとか考える。
プロジェクトの中心に立って全体の統括とかは理想的な仕事かもしれないが、カリスマはない。参謀をやるにはちと我が強すぎる――リーダーを選べばナンバー2には座れるかもしれない。
だけど、そういうふうに「自分に向いてること」を考えたところで、創りたいという衝動を抑えられるわけでもない。ゼネラリストかつ創作者であれれば理想なんだけど、そこまで自分は器用でない。大抵のことができるけど、凄く優秀にこなせるわけじゃない。多分、器用貧乏。
器用貧乏なら貧乏でなくなればいい。器用になればいい。それが理想。そこを目指すべき。努力しよう。
B木ライブラリ関数の動作試験が順調。むむ、根性入れればひょっとすると動作試験終わるかも。ほぼ共同実験者と化したbut氏に、無事動作の報告をせねば。
しかし、モニターの見過ぎで眼の疲労が限界に近い。モニター見てると眼の奥が痛い。目の回りもひくひくと痙攣してる気がする――体に気を使うべきか、単位に気を使うべきか。とりあえず2時間ぐらいモニター見たくないなぁ。ということでBeat ManiaかF-ZERO Xにってそれじゃ意味ないってば。
それはさておきご褒美の現実逃避――って、レポート書いてたはずなのに書きかけの小説が既に開いてるのは何故? そうかそうか、既に私は現実逃避してたのか。
実際、実験と称して篭っている時間の半分はWebブラウジングに充当されているし、効率が悪いことこの上無い。ネットワークに常時接続というのも考えもんですな。いろいろと余計なことも思い付くし、レポート〆切前ってのはレポート以外のことをするには非常に効率が良い。
と言うことで数時間私は逃げます。探さないで下さい。
B木ライブラリ関数のデバック&動作試験が完了。ということでめでたくレポートの終焉が見えてくる。あとは動作結果報告用のプログラムを書いて、実行してレポート書いて……しめて7〜8時間(悲観的予測)と言ったところ。明日の朝9時からレポート書きに専念したとして、提出期限の17時までには完遂することが可能である!
とわかるとチクショウヨクモイママデオレサマノコトヲサンザンクルシメテクレタナコノレポートフゼイガってなもんで遊びたくなるのが人間の性ってやつだ。
ということで早速ブラウザが開き……むむ、つくばあさひなあんてな(軽量版)から日記を巡回するとでこんなものが一時的ブーム。やるしか。変態度20。チ、面白くもない数字だ。
しかし密かにカルドセプトの対戦をしていたり、文庫本を一冊読んでいたりと様々な方面に時間は費やされている。むむ、なんでこんなに余裕があったんだ。謎。
ということで、何をして遊ぼうかjnethack? F-ZERO X? カルドセプトのカード集め?
うむ、かなりよりどりみどりである。しかし、あれやこれやの原稿を書いたり手直ししたりという作業が残っている。はぅぅ。
ということでレポート中断、小説書きに逃亡する。
そういえば、小説書き→レポート→小説書き→......という逃避の連鎖に陥れば、非常に効率がいいな。来学期はそれだな(笑)
レポート終わりそうだからと遊んだら終わらなかった。プログラムが未完成のままでレポートを書き、そのまま提出。
冬コミ用の企画の原稿が仕上がらない。首謀者組の一員なので、上がらぬからでは通らない。そう言やMCMMの原稿なんてのもある。
気が付くと、受けてる授業が激減してる。一体何が悪いのか。とにもかくにも進級が危機。
レポートのために睡眠削ったら眠い。寝るかと家に戻ってみると、洗濯物の山がある。気になるからと洗い出したら後から後から湧いて出る。
どれもこれも忙しいくせ遊ぶが悪い。全ては因果応報の業。こころなしか反省。
nary氏に、無事第2子ができたらしい。少々遅れ気味であるが、祝福をば。ただ、そういう立派な名前付けると、うまく育たなかったときに名前負けする恐れがあると思うのですが。
名前負けと言えば、私の名前。存分に負けている。
というか、比較する相手が悪すぎるのか。どう考えても日本史上最強の一人だからな、敵は。
でも、そのわりには「よしのり」なんて平凡な音だし、名前負けがバレることも少ない。実に絶妙な付け方である。名付け親に感謝。小さい頃に一度会ったきりだけど。
自慢じゃないが、自分の名前はひどく気に入っている。やはり、子供に名前を付けるときは、こういうさりげない付け方がしたいもんである。しかしそれには知識も人生経験も足りない。
ううむ、見事に年老いるにはちとまだ勢いに任せすぎるな>自分。
そういえば、昔友人から「ファンキーな老人になりたい」という願望を聞かされたことがある。別にファンキーである必要はないが、とにかくそういうカッコいい老人にはなりたいと思う。
今回のお題はずっと前のツッコミへの返信から展開開始。
無料で借りられる掲示板を設置しないのはポリシーですか?とりあえず一言: このページが置かれているのはコンピュータ専門にやってる学科のシステム上なので、 別段借りんでも掲示板とかのインタラクティブなシステムは導入できるです(^^; (上のツッコミフォームだってそうだし)
と断り書きを入れた上で、掲示板設置しない理由について。
「必要を感じない」ってのもある。
べつだん掲示板なんかなくても、私の生活は変わらないのだ。
むしろ、手間が増えるだけだから、置かない方がいいかもしれない。
もちろん、双方向性のあるシステムを設置することのメリットは理解できる。それこそがインターネットの、WWWの魅力だというのは理解している。
ただ、それ以上に「ネットワークの閉鎖性」を強く招き入れてしまうんじゃないかという危惧があって、使いたくないのだ。
ネットワークというのは閉じた世界を形成しやすい。無論、ネットワーク上の閉じた世界というのは形式的には開かれた世界であり、誰の参加も許容する、はずである。しかし、だからといって道端で仲間うちで集まって会話しているところに、見知らぬ誰かが口を挟めるだろうか?
「掲示板」というシステムは「道端の会話」を形成しやすい。無論、そうならないこともできる。多くの人々が出入りし、活発な、悪い馴れ合いの少ない話が展開されれば良い。
しかし、私はそんなふうに上手に掲示板を運用する自信がない。むしろ、「これだけの数の支持者がいるんだな」という事実に満足してしまって、前進する気力を失うかもしれない。(そんなんじゃ最初から見込みがないという言い分は実に最もであるが、好き好んでリスクを背負うこともないと反論してみる)
インタラクティブな窓口を開かない方が閉鎖的だ、という考え方もある。ただ、私はメールアドレスを公開しているし、自分のページが公開コンテンツであるという自覚もある。私に文句があるならメールを送ってもいいし、反論をWeb上にブチ上げるでもいい。感情的な個人攻撃でない限り、黙殺したりはしない。正当性があるなら、正面から受け止めるつもりでもある。
本来Webはそういうインタラクティブ性を有しているはずである。誰かが出したものに対し、誰かが反応する。正しくGive&Takeな関係。発言には、発言で答えるべきコミュニティ。
もしもそれが正しく機能しているなら、インタラクティブな窓口を開いてもいいかと思う。ただ、現状はそうではない。安穏と過ごせる小コミュニティを形成する温床になるのがオチだと思う。
というのが私の言い分。
いささか狭量的であるが、正直に思ってることだ。
ただ、「実験もせんと理屈振り回すのはのう」という想いもあるので、
気まぐれで設置するかもしれない。様子を見て、2〜3ヶ月で閉鎖しそうな気もするけど。
昼になってmasamasa、KAYIX、taya各氏とハナマサに行く。
帰りがけに石丸電気つくば店を経由。私は未購入だったエヴァのLDをサクッと入手。masamasaは「ゼルダの伝説 時のオカリナ」を購入せんと品を見に行くが、売り切れ。むむ、今日発売だというのに早い。流石ゼルダ。
仕方ないのでWonder Gooへ。だが、そこでもゼルダは完売。すごい人気。まぁ、面白いだろうしなぁ。無理もない。ちなみに、Dreamcastの実機があったので遊んでみる。やる気なさげなゲーム。こりゃ売れんわ。もうちょっと魅力的なソフト作らんと。
なんかコケそうな予感たっぷりだなぁ>Dreamcast。
それはそうと、更に立ち寄った本屋で「風の白猿神」発見、回収。密かに字を憶え違えてたことに気付き、慌てて修正。
ハードの台数は売れてないけど、国内におけるNintendo64はむしろ成功してるんじゃないかと思う。任天堂が凄いゲームを出せば、実働台数ぶんだけはソフトが売れる。ソフトが売れれば、もっと凄いゲームを出してくれる。任天堂のゲームしか遊べないような気もするが、F-ZERO Xが遊べてゼルダが遊べりゃそれで十分、というのがmasamasa氏あたりとの最近の共通見解。ハードの稼働率という点で見れば、Play Stationの方がマーケットは冷えてるんじゃないかなぁ。無論Saturnは比較対象にもならんが。
密かにツッコミ欄を拡張してみた。そしたらいきなり有効活用された。
この書き込み欄が大きくなってなんかいい感じだ。あと表紙の「うがー」も大きくなっていい感じだった。お言葉もナイス!(でもこのツッコミ欄は本当に送れているのかいつも不安な感じする)暇になったのでマイナーチェンジは随時行なう予定。CGIとかSSIもいろいろ試したいし、あっちこっちに手を加えたいと思ってるですよ。
で本題は,東海のWonderGooにはゼルダがたくさんあまってた。それを見てサクラ2の二の舞かな?って思ったんだけど,つくばじゃ学生が多いからそんなことないのね。まあ,サクラと違って任天堂ゲームは作りがしっかりしてるから,ちゃんとおもしろいのしか発売しないから大丈夫だけどね。
つーか、ゼルダしてー。
という衝動はどうでもいいとして、不安解消のためツッコミ用CGIもマイナーチェンジしました。送ったメッセージが表示されるように改良されたはずです。お試しあれ。
ところで東海? 東海って言うと韜晦じゃなくって原発のある東海村っすか? つーかもしも倒壊村だったりしたら縁起悪くてしかたないっすなぁ、むしろファンキーで素敵でナイスかもしれないけど。
それはそうと、マイナーチェンジするんならやはりかゆいところに手が届くようになりたいですな。そのへんの要望も募集中。だから目玉付VAIOは素晴らしいのだ。
こんな文体入り交じった文章書いちゃいけないと思いつつ、オイラのハートは無茶をしたがるお年頃なのさDo you understand?(謎)
WORD部屋でモノポリーをする。地元の偏った環境、偏った面子でやっていたため偏った知識ではあるが、高校時代は「1日3回モノポリー」とかでブイブイ言わせてた俺様である。適当に傍観して適度にツッコミを入れつつ、でも相手の甘い交渉は見逃す。
勝因は他人のサイコロ運のなさ(なんせ家3軒のパークプレース突入が3回続いた)なのだが、とりあえず圧勝。
うむ、カラーグループの強さとかは体で憶えてるからな。これとこれのトレードはどうすべきかとか、そのへんも理解してるし。つーか、むしろ他の(私より確実にプレイ回数の少ない)人々が、無理矢理に動いたおかげでやりやすくなったのは認める。きっちり手持ち予算(土地持ちすぎてた)も考えて、金&抵当入れ用物件獲得に走ったし。自分はミスをしていない、他人はミスをしているという状況だった。
と言っても、割合命削って家建てたので、一撃再起不能という可能性もあったのだが、幸い「効率のいい」家の建て方をしたのは私一人だった。モノポリーで家を建てる場合には、「収益が突然良くなる」ポイントまで建てるべきである。そのへんを把握してたのが自分一人なら勝てる――と言いきれるのが普通だが、なんせ持ってた土地がダークブルー。一撃は大きいけど本来は人が来ない。けれど、今回は黄色に家が建ってなかったので「オレンジで削られ赤&黄色で死亡」の「死亡」の部分が回ってきた感じ。
けど、どれもこれも高校時代のやり込みで付いた経験則。やはりやり込みは重要である。つーか、小説書け>自分。
ということで先日買った「風の白猿神」を読む。
別段敗北はしない。そりゃそうだ。なんか自分にも書ける気がしてくるからだ。ただし、「このクオリティでまとめるにゃあ時間かかるだろうなぁ」という悔しさがある。
話自体は対したこともない。王道もいいとこ、ヒネリもほとんど入ってない。というか、そこがすごい。
これだけヒネリもなんにもなくてとにかく展開の力と文章の読みやすさ(そして分りやすさ)を武器にされると、もう凄いとか負けたとかわめき出すとかそういう前に「おもしれーっ!」って感想が先に来る。
話自体が未完のせいで、最後のキモに到達してないのも敗北を感じない要因ではあると思うが、とかく極上のエンターテイメントだ。
でも、きちんと読み込むといろいろ凄いところは見えてくる。最初の数ページで10人近い登場人物を一気に出しておいて、それぞれのキャラの説明が3行ぐらいで済んでしまうところ。しかもそれですんなり頭に入る。
というのも、パターンを多用しているからなのだが。
そう、風の白猿神はパターンが非常に多い。普通なら恥ずかしくて多少はヒネるところを、ことごとく王道のパターンで押してくる。それも、「パターンだから理解してもらえる」のをいいことに、サラリと流す。
小難しいことをせずパターンで流すから文章の密度に対し話の進行具合が早い。そのテンポが読みやすさを促進する。読みやすいところに次のパターンが入ってきてそれもサラリと流れる。かといって、パターンのつなぎがうまいので黙殺もされない。
非常に馴れ合いに依存した構造である。読者がパターンを理解してくれることを前提とした構造である。
しかし、使われているパターンはごくごく一般的なものである。それらをありとあらゆる場面で手を変え品を変えでもストレートに出してくる。だから見落とすこともないし、話をとことんまで味わえる。
馴れ合っているからこそ出来る表現、馴れ合っているからこそ出来る作品である。
こういう馴れ合いは、作品を作る以上必要不可欠でないかと思う。新しい要素を盛り込むにせよ、新しいものは、馴れ合いの土壌を下地としないと理解されない。と考えて、そうか、エヴァが(スタイルを確立したという点で)成功したのって、パクリの嵐だったからなのか、と感心した。
KAYIX氏とアキバに行く。
目的はない。
あるとすれば、せいぜいがB-TRON系OS搭載で萌え萌えなPDAを見に行くことぐらいか。
とりあえずエヴァのLDの最終巻を買ってみたりはしたがそれ以外に特に買うものもなし。むしろ金が無し。
帰りに小人さんに運転を乗っ取られ、気が付くとつくば市に入っていたりするも、なんとか帰還。申し訳ない>KAYIX氏。
今日の教訓:連続稼働12時間以上のときにアキバに行ってはいけない。
テスト明けの休みであったりするので実家に帰ろうと思い立つ。しかし30日提出のレポートをやってない。ええい、そんなもん戻ってきてからだ! 俺様は既に帰る気満々だ!
ということで月曜までNon-Wiredな状態に突入します。緊急連絡は電話にてよろしく>関係者