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第14章

 狂気は地を灼き尽くす焔を振りまき

「……エヴァ全機の破損状況は?」
 翌朝、全く予想だにしなかった彼の出所に驚いたリツコは、開口一番
の彼の言葉に更に驚かされた。
「……報告は?」
 少しだけ不機嫌そうな彼の言葉にようやく我を取り戻し、リツコは手
元にデータを引き出した。
「初号機、弐号機は完動状態です。伍、六、拾伍号機は神経系統に多少
の誤差が確認されるものの、調節で済む範囲内です。β零も、現段階で
は最高の仕上がりです」
 顔色を伺いながら、リツコは報告をする。
 彼は少しだけ目を閉じて考え込むと、再び口を開く。
「β零の実戦投入が可能になると、弐号機が余るな。適格者は探せるか?」
 そういつも通りの話──仕事の話を続けるシンジの表情に、迷いが無
いのをリツコは悟った。
 何があったのかは知らないが、ふっ切れたらしい。
 であるのならば、こちらも落ち込んではいられない
「不可能に近いです……いえ、不可能、といった方がいいでしょう」
 だから、リツコもいつも通りの調子にもどして淡々と報告をした。
 それから、ちょっと悪戯っぽい顔をして。
「でも、一人だけ、あてがありますが」
「あて?」
「ええ……まだ、理論上は乗れるはずですから……」
 リツコは、柔かい悪戯めいた微笑みを浮かべながら、言った。

「で、プラグスーツもなしで弐号機に乗れって?」
 仕事もなく、家で子供達の面倒を見ていたアスカが呼び出されてNE
RV本部に到着したのは、それから3時間後のことだった。
「ええ、そうよ。コアの書き換えは済ませてあるわ。すぐにでも試験を
開始して頂戴」
「って……私は結局シンクロ率0%のままでエヴァを降りたのよ。乗れ
ない可能性の方が高いとは思わないの?」
 胸の前で腕を組みながら、アスカがそう言うも。
「どうせダメでもともとだから、可能性云々じゃないもの。ムダになる
くらいなら、試してみないとね」
 軽くウィンクなぞしながら、リツコはアスカを見つめた。
「……随分軽くなったのね、リツコさん……まるでミサトみたい」
「そうね……大切な人がいると女は変るのよ。そうでしょ?」
 そのリツコの質問に、アスカはちょっと苦い笑みを浮かべて応えた。
「じゃあ、始めましょ。要領は分かってるわね?」
「勿論よ」
 そう言って勇んで乗り込んだのはよかったが。
『……このシート、やたら狭いわよ!』
 弐号機のエントリープラグに入ってすぐ、アスカはそう騒ぎ始めた。
「当然よ。本来14歳の体格に合わせてあるんだから」
 さっきまでの表情とはうって変わって、冷やかに応えるリツコ。
『冗談じゃないわよ、こんなシートに乗って戦えるもんですか!』
「我慢して頂戴。……起動実験が成功したら再考するわ」
 リツコはコンソールを叩きながら無感情に言った。だが、複雑なデー
タが画面を流れる中、その言葉はどこか楽しげに聞こえた。
『その言葉、本当ね?』
「保障するわ。パイロットが椅子に座れないから戦えない、なんてなっ
たら、笑い話じゃ済まないもの」
『よぉし……飛びっきり上等な奴でお願いね!』
 その保障に気を良くした──かどうかは定かではないが、起動実験そ
のものは成功した。
「数値も、現適格者とそうそう違いませんね。非常に優秀な数値です。
これなら、いけると思います」
 起動実験の成果をまとめた資料を片手に、リツコは司令室での報告を
終えた。
「……でも、何故まだ乗れると思ったんです?」
 リツコがアスカを弐号機に乗せようと提案してからこっち、ずっと抱
いていた疑問をシンジはぶつけてみた。
「A10神経のシンクロがエヴァに乗るのに必要だというのはご存じで
すよね?」
 その言葉にシンジがうなずくのを確かめて、リツコは話を続ける。
「そのA10神経がエヴァとの接続に最適になるのがおおよそ14歳前
後です。未発達なA10神経が必要、だということですけれど……
 未発達ってことは、柔軟だって事なんです。そして、不安定である事。
不安定である事は時として強烈な変化を受け入れる重要な要素になり得
ます。そして、14歳の子供がエヴァに乗っていると、次第にそのA1
0神経はエヴァに乗るのに適した形に変わっていきます。そして、その
変化の痕は成長してもそのまま残っている……といったところでしょう
か。
 むしろ成長してしまった後だと、エヴァからの精神汚染の影響を受け
にくいので、シンクロ率がある一定を越えられるのなら、大人のパイロ
ットの方が有利な場合もあるんです。……成長と言う要素がないのは仕
方ないですけどね」
 まぁ、半分ぐらいは推測の話ですが、と付け加えながらも、そう丁寧
に説明を終えたリツコに、シンジは押し殺した声で尋ねた。
「……僕にも……乗れるんですね?」
「はい」
 少し悩んでから、リツコは答えた。
 シンジはしばらく押し黙ったままで何やら考えていたが、やがて、
「報告、御苦労」とだけ言った。
 リツコは軽く頭を下げ、シンジに背を向けた。
 彼女が出て行くと、シンジはポツリ、と呟いた。
「エヴァに……初号機に、乗れるんだ」

 起動試験から10日後。
 始まりは、使徒の襲来だった。
「今回は私も出るのよね?」
 自身たっぷりな様子のアスカ。
「ああ、使える戦力は全て投入する。出来るだけ早く、こちらが無傷の
うちに倒したい」
「でも、エヴァ5体での作戦行動はまだ想定されてないわよ」
「想定されてなくても、やるのよ、メイロン。それとも言われた通りじ
ゃなきゃ戦えない?」
 と言うアスカの姿は、何故だか子供達の間に妙に馴染んでいた。
「とりあえず、通常の4体による戦闘メニューをベーシックにして、ア
スカはそれの重点補強に入って。ポジションは君に任せる」
 何か言い返したそうなメイロンより先に日向が決定事項を告げた。
「OK、ま、安心して見ててよ」
 気楽に言うアスカ。
 実際、発進準備も戦闘配置も慣れたもので──諜報員としての仕事の
経験が、彼女に落ち着きを与えているのだろう。
『で、敵の能力は分かってるの?』
「全くもって不明よ。とりあえず近接戦闘で叩いて頂戴」
『了解っと……相変わらず綱渡りねぇ、エヴァでの戦闘って』
 ぶつくさと文句を言うアスカの表情は、しかしどこか楽しげですらあ
る。
『失礼ね、ちゃんと解析はしてるわよ。データが足りないだけで』
 と、口を挟むHANNIBAL──もとい、ミサト。
『結果が出ないんじゃ一緒よ。ま、安心して。そんなのなくても大丈夫
だから』
『随分と自信があるのね、アスカ』
『……ま、ね。ここ数年やって来た仕事に比べればずっと楽ですもの』
 死線ぎりぎりを駆け抜けて来た彼女に取っては、死と隣合わせの戦い
も一種心地よい緊張感となるのだろう。
 だから、彼女の口調は至って陽気で、それゆえに皆の沈む心を晴らし
てくれた。
「目標、攻撃圏内に入りました」
 カオリの声が戦いの開幕を告げる。
「作戦開始」
 淡々としたシンジの言葉を契機に、わずかばかりの火線があがる。
 小規模な攻撃で目標を市内中心部へ誘導、その後エヴァで一気に目標
を殲滅。
 事前に決められたその作戦は順調に進んでいた。
 同時に、別のとある計画も順調であったのだが。

 その者は、戦っていた。
 全てを灼き尽くす劫火が赤い瞳を更に赤く染めていた。
 ルビーか、あるいはアンタレスを思わせる真紅の輝きは、されど悲し
く染まっていた。
 その視線の向こうには、焔を振りまく堕天使の亡骸。
 青き星が天にあり、ほとんど見られぬ夜の灯が悲しく瞬いていた。
 一瞬だけ心をその彼方へと飛ばすと、彼女は再び戦いへと心を向けた。

「目標、完全に、沈黙しました」
 その報が入るまでの時間は極めて短かった。
 アスカは予想以上の活躍を見せ、子供達もそれに応じるように各々の
役目を見事に果たした。
「無駄なあがきとは言え、何とかなるかもしれないな」
 絶望に満ちた戦いをこなす中、希望の欠片を見つけたシンジは、あの
柔かい笑みを取り戻していた。
「どうせ、負け戦ですけれどね」
 少しだけ皮肉げにいうリツコの顔も、しかし笑っていた。
 サード・インパクトなどではなく自らの諸行で滅んでいく秩序はもは
や取り戻せない。世界中でどれだけの人間が死んだのかも分からない。
 言ってしまえば、もはやNERVは敗北しているのだ。
 だが、負けたのなら負けたで、救えるだけの人を救いたい。
 それがシンジの、そして今のNERVの願いだった。
 そのための絶望に満ちた戦い。
 ──あるいは、その行いこそが希望と呼ばれるべきなのかも知れない
が。
 だが、その希望を引き裂くための絶望もまた有り続ける。
 月が、真紅に染まった。
 巨大にして鮮烈な真紅の光の柱が月より堕ち、街を包んだ。
「何が起こった!」
 そう叫んだシンジの目に入った画面の向こう側は、煉獄であった。
『巨大なレーザー砲による砲撃です。狙撃地点は……月!』
 ミサトの声が回答を示す。
『あんた達、ATフィールドを展開するのよ!』
 アスカの声が通信機の向こうから響く。
『でも、あんな攻撃どうすればいいのよ!』
 メイロンの悲鳴。
『とにかく、街を守るの、話はそれから。自分とエヴァを信じて、全員
のATフィールドを合わせれば』
『……心を、合わせるの』
 アスカの鋭い指示に、アカリがそう口を挟んだ。
『分かってるじゃない、アカリ。そう……心を合わせるの。わかるわね?』
『わ……わかりました』
『OK!』
『……やればいいんでしょう!』
 子供達の返事が響き、そして力は合わさるも。
 次の柱が降りたったのは、既に炎に包まれた街ではなく。
「月よりの攻撃、第2東京に直撃!」
 シンジは、その報に何かを指示しようとして、しかし自分が何もでき
ない事に気付き、拳を固めた。
 全てを憎むように画面の向こう、自動的に消火が行われてもまだ燃え
続ける街を見ながら、数十秒毎に増えていく劫火に包まれた都市の報告
を聞き続けた。
 シンジの心より希望は消え、代わって怒りがその隙間を満たしていた。

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