「使徒3体の接近を確認。第22、23、24使徒と認定。
それぞれの現在位置はモニターの通りです」
戸塚カオリがコンソールのキーを叩くと、メインモニターに日本地図
が大映しになる。
その上では青色の光点が3つ、第3新東京市を中心とした正3角形を
描くように輝いていた。
そのうち2つは太平洋上、1つは日本海上。
「進行速度は時速約40キロ。海面ぎりぎりを飛行しています。このま
まのペースですと、およそ6時間後には第3新東京市に同時に到着する
見込みです」
「一方向に対しエヴァを重点的に投入するという方法では、時間的に1
体しか殲滅できないでしょう。しかもその場合かなりの確率で、殲滅に
向かわせた機体が残る2体の迎撃に加われないという事になると思われ
ます」
報告を告げる日向。それを視線を向けずに聞いて、それからシンジは
おもむろに口を開いた。
「……伍号機を、単独で第22使徒の迎撃に当たらせろ。装備はTRラ
イフル。弐号機は第23使徒の迎撃。装備はポジトロンライフル。六号
機は第3新東京市で第24使徒の迎撃」
「単独迎撃ですか?
危険すぎます。個々の成功率は40%に満たないんですよ!」
鋭い視線を向けて日向がシンジを見据えた。
「構わない。3つの使徒を同時に相手に出来る能力は現在の我々にはな
い。危険が高くても、各個撃破を狙った方が可能性が高い」
日向の視線を真向から受け止めながら、シンジは断言した。
そのシンジの判断に逆らう声はなく、かくて迎撃作戦は発動した。
「第22使徒と伍号機が接触。交戦状態に入りました」
それから3時間後、その報がNERV本部発令所に届いた。
だから何ができると言うわけではない。所詮、伍号機を操るアカリに
期待する以外に道はない。
「無力だな……」
父さんもこんな思いで僕達の戦いを見ていたのだろうか。それとも、
道具として僕達を見ていたのだろうか。
……今の自分がそうであるように、両方だったのだろう、きっと。
そんなシンジの感傷的な気分をよそに、画面の向うでアカリの操る伍
号機が戦っている。
使徒のATフィールドを中和し、TRライフルの連射。さほど有効打
を与えずに弾薬は切れ、今度はプログナイフを構え伍号機は突進する。
プログナイフが使徒のコアをえぐる甲高い耳障りな音が響き渡る。
やがて、その音は消え、同時に
「第22使徒、沈黙」
という報告がなされた。
その1時間半後、アンディの弐号機による迎撃作戦も成功し、残るは
第24使徒のみ。伍号機の帰還が何とか間に合うため、2機による迎撃
と、多少は余裕ができた。
「なんとか、というところね」
リツコが僅かに安堵の表情を浮かべていた。
「ええ。良く頑張ってくれましたよ、あの子たち」
シンジは多少疲れた笑いを見せる。
「……結局、エヴァと子供に頼るのは昔と変わってませんね」
シンジのその言葉に、リツコは返す言葉を思いつかなかった。
「奇跡を掴む努力しか、できないんですよ」
そう言ったシンジの視線の先には、空輸にて帰還した伍号機の姿があ
った。
「で、俺はこれからどうすればいいんだい?」
通信画面の向こう、プラグスーツ姿のアンディが汗をぬぐいながら尋
ねた。
「何のためのF装備だと思ってる?
すぐに輸送機に搭載して、予備戦力としてそちらで待機。飛行所要時
間は15分といった所だから、到達20分前にそちらを離陸、B17地
点に降下して、歩いて第3新東京市市街へ入り、付近のアンビリカルケ
ーブルに接続。ポジトロンライフル装備で、A204地点から援護射撃
……ってところだな」
気さくな雰囲気をまとって、シンジは答えた。
「それじゃ出番はないな。どーせメイロンが近接戦するんだろ? それ
じゃ、誤射する可能性が高すぎて、とてもじゃないけどポジトロンライ
フルなんて撃てないぜ。ま、おとなしくメイロンとアカリにまかせるさ」
「だからってサボるつもりじゃないでしょうね、アンディ」
少しわざとらしい大声を張りあげて、メイロンが言った。
「……そんなつもりはないさ。大丈夫、危なくなったら俺にまかせな」
「随分自信あるのね、アンディ。でも、無駄よ。どうせわたしがあっさ
りやっつけるから」
「おいおい、サボって欲しいのかそうでないのか、どっちなんだよ?」
「……公用回線を無駄話に使うんじゃないよ、一応緊急時なんだから」
咎めるつもりなどいっこうにない口調でシンジが口を挟んだ。
OK。
はいはい、わかりました。
アンディとメイロンがそれぞれに答え、アカリがクスリ、と笑った。
子供達とは、何故かくも強いのか。
自分達も、こうだったのだろうか。
そんな不思議な想いは、少しだけシンジの心を癒した。
力もて、罪に滅びを!
神の力もて、罪に滅びを!
声は相変わらず響き渡り、その奔流に流されそうになる。
でも、負けちゃいけないんだ。
負けたら帰れなくなるんだ。
その想いが全て。
その絆が全て。
力を! 力を! 神の力を!
滅びを!滅びを!罪に滅びを!
そうしてそれが示したのは、あまりに圧倒的な力の渦だった。
世界に散らばる全ての光という光をかき集めたよりもまばゆい、
宇宙に存在するありとあらゆるものをかき消す程強烈な、
それは圧倒的な力の渦だった。
力を! 力を! 神の力を!
滅びを!滅びを!罪に滅びを!
……この力があれば。
この力があれば!
「弐号機、ポジトロンライフルを装備、予定狙撃地点へと移動開始」
「伍号機と使徒、射線通りました。TRライフル発射」
「ATフィールドを肉眼で確認。かなり強力です」
「C27R兵装ビルから加粒子砲発射、ATフィールドに阻まれました」
「六号機、発進準備完了」
「伍号機による誘導、予定地点までの残距離120です」
「第37作戦地域の兵装ビルを展開。退路を封鎖」
「残距離60にて目標静止」
『現距離なら誤差としては作戦遂行可能です』
「六号機発進!」
「緊急稼働ルート正常動作、射出完了!」
「六号機、格闘戦に入りました」
「伍号機、ソニックグレイブ装備、六号機の援護に回します」
「弐号機、現狙撃地点を破棄。緊急回集後、再出撃の予定」
「六号機、右プログブレードを作動」
「再出撃ルートは48番を予定」
「使徒体内のエネルギー反応急激に上昇!」
閃光。
その光の中、六号機の右腕に装備された刃が、使徒の閃光の噴出口を
貫いていた。
「使徒、沈黙」
「六号機の右腕部、破損率78% 陽電子砲による攻撃と推察されます」
「ASCS動作、予測を1.2ポイント上回っています」
「目標、完全に沈黙。撤去、並びにエヴァ回収作業に移ります」
「……勝てました、ね」
まだあわただしさの残る発令所の中で、第22、23使徒との戦いの
指揮を取るために不在の冬月とリツコに代って、日向がシンジに声をか
けた。
「日向さんの作戦のおかげです。伍号機と弐号機で使徒を誘導、六号機
を緊急ルートで格闘戦距離に投入し、そのまま決着をつける」
「六号機パイロットの格闘技術とASCSがあったから成立した作戦で
す。感謝すべきはメイロンと赤木博士ですよ、碇司令」
「……碇司令、か。なんだか父さんを呼んでるみたいに聞こえます」
安堵感がシンジを満たしているのだろう、その口ぶりは総司令のもの
でなく、碇シンジのものだった。
「これからも、よろしくお願いします、日向さん」
そう言って微笑んだシンジの顔は、同性の日向から見ても羨ましいぐ
らいに魅力的だった。
「修復は60%終了しました。E+計画の産物です」
ケイジに収められた六号機を見ながら、リツコはそう報告した。
六号機の右腕の装甲は排除され、むき出しの右腕はグロテスクな光景
を作っていた。
「ただでさえあってはいけないものなのに、その上こんなことまでしな
きゃならないとはね」
「仕方ありません。もう、手段を選ばせてくれる程、相手は甘くないで
すから」
「次の適格者、選出の用意は?」
視線をリツコには向けずに、シンジは尋ねた。
「柳シホが、先日宇部で発生した国連軍の暴走の際に、両親を失ってい
ます。
親類は、セカンドインパクトのために残っていませんから、適切なカ
ウンセリングが可能なら彼女が最適かと」
「……現適格者の精神状態は?」
「至って良好です。司令とアスカの努力のたまもの、といったところで
すか」
「レイとうちの子供達にも感謝しないとな……」
きっと今日も行なわれるであろう自邸での祝勝会と、そのために料理
の腕を振るうアスカの姿を思い、シンジの顔に笑みがもれた。だが、そ
れはすぐに曇り、
「わかった、柳シホをE+零号機のパイロット候補として招聘してくれ」
という、感情のこもらぬ声が響いた。
どうすればこの力を手に入れられるのだろう?
そう疑問をもった時、力が流れ込んできた。
契約を、契約を。
力は神のためにのみ振るわれるもの
故に、契約を。
それじゃダメだ。
ぼくはぼくのために力を振るいたいんだ。
契約を、契約を
神との間の、契約を。
声は変わることなく響いた。
だが、それでもアベルはその力を求めた。
契約することなしに。
だから、その、力のかけらを見逃さなかった。
圧倒的な力の、ほんの僅かなかけら。
それをしかと手に掴んで、アベルはそれを受け入れた
契約を結ぶことなしに。