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第12章 煉獄の炎は地に満ちたり



「40日後、選ばれしものだけが生き残る約束の地がおとずれる」
 和やかな雰囲気で進行していた碇邸での祝勝会。
 それに突然水を差したのは、テレビから流れたそんな音声だった。
「救世府は神の名の下に選ばれざる者を処理せねばならぬ。だが、我ら
の導きに従い神の造りし道を選ぶのならば、その炎は汝らに向けられる
ことはない」
「……最後通告、かな」
 シンジが、ポツリとつぶやいた。
「もう敵は後戻りする気はない。自分達の理想のためには何でもやるっ
てわけね」
 アスカが言葉を添える。
 そして、沈黙。
「ねえ、ねえ、どうしてみんな黙ってるの?」
 その沈黙を破壊したのは、ナギサの可愛らしい声。
「いや、何でもないよ。……さ、続きだ!」
 いつも通りの優しい声でシンジが場を引き戻した。
 再び訪れる和やかな雰囲気。
「……どうしても、戦うのね?」
 その騒ぎの中、レイが夫に耳打ちをした。
「ああ。……戦わないと、こんなふうに過ごせなくなる」
 そう言ったシンジの瞳は悲しく燃えていた。
「わたしは、戦って欲しくないわ」
「僕だってそうさ。でも、戦わなきゃ、いけないんだ」
 迷いばかりが潜む瞳。だけれど、その方向だけは曇なく一点を目指し
ている。
 いつからだろう、この人がこんな目をするようになったのは。
 確か、高校に入る直前、一番大変だった事件が終わった直後だったよ
うな気がする。何もできなかったわたしとアスカのために、彼はそれか
ら迷わないふりをするようになった。こんなに迷っているのに。怖くて
仕方ないほど迷っているのに。
「……戦いたくはないわ。でも、未来のためなら、手伝える」
「無理はしなくていい。君の思う通りに決めてくれ。僕達のやってるこ
とが悪であるのは確かなんだ」
 優しいのもいつも通り。
 嫌な事を背負いこもうとするのもいつも通り。
「だったら、決めるわ」
 15年前ならあなたの父親に従うだけだった。
 今は、私の意志で、あなたに従う。
「あなたと、生きていたいの」
 正義だとか、秩序だとか。そんなものよりずっと守りたいものは、こ
こにあるの。
 だから、守るために、たとえ嫌でも戦うの。
 私と言う人間には、戦う方法が、あるのだから。

 力を得たとて、癒されるためには刻が必要であった。
 故に、力ある存在はエデンの果てにて眠りについていた。
 押し寄せる不安に耐えながら、
 湧き出る絶望を堪えながら。
 ただ、己自身が希望となる日を夢見ながら。

 祝勝会の夜から30日が過ぎた。
 その間に、E+計画への綾波博士の参加、E+β零号機のロールアウ
ト、E+α零号機改めエヴァンゲリオン拾伍号機パイロットに選出され
た柳シホの到着、E+βへのアンディの搭乗の決定、3回の使徒の襲来、
救世府への反抗を見せた合衆国軍の壊滅、ローマ法王庁の消滅、等々と
様々な事件が起こった。今、救世府は世界人類の5分の1が「背徳者」
として裁かれ、煉獄へと落ちたと報じている。
「未だ残る背徳者も、いずれは煉獄に落ちるであろう。約束の地へ導か
れるのは選ばれし民のみ」
 同じ事を報じ続けるTV画面を見て、アンディは悔しそうに拳を固め
ていた。
「自分達に従わない奴らを殺すだけだろうが……勝手な事を!」
「……でも、焦ったりしてもどうしようもないわ。待つ事しかできない
もの」
 アンディを諌めるように、アカリが静かに言う。
「β零(ゼロ)の起動試験には冷静さが必要って言われたでしょ。あん
たが熱くなってるなら、私がやるわよ」
 とメイロン。
「わかってる……わかってるさ。でも……」
 そのアンディの言葉とは裏腹に更に堅く握られる拳を、アカリの手が
優しく包む。
「……辛いのは、みんな一緒だもの」
 僅かに微笑んだアカリのその言葉が、堅く結ばれた拳をほどく。
「確か今日はこれからβ零の起動試験よね。……頑張ってね」
「あ、ああ」
 ちょっと赤くなって、アンディが答えた。
「ね、あの二人っていい雰囲気よね?」
 すっかり3人にも打ち解けている柳シホが隣のメイロンに耳うちする。
「いい雰囲気か……そうね、でも、もうちょっと何かあってもいいと思
うんだけどな」
 純粋に楽しんでいる、といった口ぶりでメイロンが囁き返す。
 そんな子供達の幸せなひとときを壊したのは、ちょっとだけ不粋なス
ピーカーの声。
『アンディ、時間よ。第7試験場に来て頂戴』とミサトの声が響いた。
「……わかりました」
 アカリの手に包まれたままのほぐれた拳を、もう一度握り直し、目を
閉じて何か意を決すると、静かに答えながらアンディは立ち上がった。

「……βシステムの現在の稼働状況、良好です」
「搭乗者への影響は現在確認されていません」
 オペレーター達の声。
 スクリーンをただ見つめているシンジ。
「アンディ、気分はどう?」
 静かに問うのはレイ。ここに彼女が立つのはこれが始めて。故に生じ
るこれまでと違う空気も、しかしβ零の起動試験と言う大事の前に霞ん
でいた。
『……変な気分です。なんだか、こう……これまでのエヴァと全然違う
感じです。僕自身がエヴァになったみたいな』
 少し呆然としたアンディの声が答える。
「そう、もう少し我慢して頂戴。今度は、右手を動かしてみて」
『はい……こう、ですか?』
「トレース率67%……シンクロ率も低下しました」
「神経系にまだ若干の不都合が残るようです。ただし、パイロットへの
フィードバックは順調です」
 コンソール上で複雑な操作をしながら、オペレータ達がそれぞれに報
告を続ける。
「現在シンクロ率58% ハーモニクスも、弐号機のときほどではない
ですね」
 戸塚カオリがそう報告したとき。
 突如警報が鳴り響いた。
『第3新東京市上空に使徒出現! センサーには接近は感知されず!』
 ミサトの声による第一報。それとほぼ同時にシンジの声が試験場に響
く。
「伍、六、拾伍号は直ちに迎撃準備。弐号機パイロットはβ零に搭乗し
たままで待機!」
「β零はまだ不安定です。弐号機の使用を進言します!」
 長門ユウジの言葉がすぐに帰って来る。
「今後を考えればここでβ零の実践テストが必要になる!」
「了解しました。安定させるよう、努めます!」
 その返事に満足したように頷いたシンジに、カオリの報告が届く。
「伍、六、拾伍の各機はそれぞれB、G、S装備で待機しています。パ
イロットの準備は7分で完了します」
「完了次第発進せよ。目標への攻撃は?」
『現在準備中です。住民避難が完了次第開始します』
「目標の動きは?」
「ありません。上空に浮遊しています」
『映像、入ります!』
 ミサトの声とともに試験場のスクリーンに映し出されたのは、巨大な
羽根を4枚携えた瞳。
 その柔らかな天使の羽根は、微動だにしていない。
「β零を第8ケイジへ移動。必要人員以外は第1種戦闘体勢へ移行」
 感情の篭らぬ声でシンジが命令を下す。
「あの子達、大丈夫かしら」
 シンジの傍らのレイがある方向を見つめながら言った。
「大丈夫さ。アスカが残ってるしね」
 それが自分達の家の方角だと気付いたシンジは、そう声をかけた。優
しい、いつもの姿に戻って。
「ええ。……行かなくていいの?」
「行く?……ああ、発令所か。わかってる、もう行くさ。レイはどうす
る?」
「そうね、ここで待ってることにするわ」
「わかった」
 答えてシンジはレイに背を向け、動きたがらぬ足を動かして実験場を
背にした。

「目標への攻撃は、全て空間の歪みに捉えられています。恐らくATフ
ィールドの応用でしょうが……エヴァの発進準備は完了しました」
「わかった、全機発進せよ」
「了解、エヴァ全機発進!」
 また、無力なのか。
 あとは見つめるだけ、見守るだけ。
 オペレーター達の戦況を伝える声も、結局は無力さの裏返しでしかな
い。
「六号機、目標に接近、ATフィールドを中和します!」
 しばらくの攻防の後、地表近くに降りて来た使徒に対して六号機が接
近を試みようとしたとき。
『目標付近の重力が大きく変動! マイクロブラックホール級の空間の
歪みを確認!』
 そんなミサトの悲鳴にも似た声と、警報が鳴り響いた。
「六号機、撤退!」
 すかさずシンジが叫ぶも。
「無理です! 六号機と目標のATフィールドが融合しています! 今
ATフィールドを解除すれば六号機がタダでは済みません!」
「目標のATフィールド急速に拡大! 伍号機と拾伍号機のフィールド
も……取り込まれました」
「β零は?」
『発進可能です。しかし、現状に手を出すことは……』
「わかってる……だが……」
 ATフィールドに絡め取られて、動けぬ3体のエヴァ。
 何も出来ぬ自分。
 唇を強く噛み、ありもせぬ打開策を考えて、スクリーンを見つめる。
『シンジ、行かせてくれ!』
 アンディの声がスピーカーから流れる。
 今すぐにでもそうしたい、そうさせてやりたい。
 だが。
「……待つんだ、アンディ」
 心を殺して、シンジはうなるように、言った。
 いつだってこうして心に嘘をついて戦ってきた。
 無力さと、本当は戦いたくない自分に嘘をついて戦ってきた。
 負けるのも、いいかも知れない、と突然思った。
 もうこれ以上戦わなくて済むのなら、負けるのもいいかもしれない、
と思った。
「『歪み』が極大化しています! 空間を破壊し得るレベルです!」
 その思考は、オペレーターの叫びで中断させられた。
『……巨大な質量を感知!』
 引き戻されたシンジを待っていたのは、ミサトの叫びと、画面に突如
出現した、純白の、4体の新たな使徒の姿だった。

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