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第7章 神槍還リテ罪ニ滅ビヲ与ウ
それは15年前より星海を漂っていた。
それは数ヶ月前に捕えられ、星海にて時が満ちるのを待っていた。
そして、時は来た。
今こそ地に還るとき。
罪に滅びを与うとき。
天空より飛来するその物体に気付くものはいなかった。
最も早く気付いたのはおそらくアベル・エイブラハムであろう。
だが彼とて気付いた時にはもう遅かった。
光に迫らんとする勢いで雷の如く飛来するそれは、ATフィールドと
いう脆弱な壁などたやすく貫き、寸分違わずエヴァンゲリオン初号機の
胸に突き刺さった。避ける間すらも与えずに。
誰かが事態を把握するより早く、初号機の味わった苦しみをアベルも
また経験した。
絶叫が、轟いた。
「……何が起こったんだ?」
アベルの叫びが響いた発令所。誰一人事態を把握しないままのしばし
の沈黙。その後初めて口を開いたのはシンジだった。
初号機の胸に突き刺さるもの。いつか見たことのあるそれが何なのか、
思い出すよりも早くシンジはその事実に気付き、慌てて叫んだ。
「急いで初号機とパイロットの接続をカット!」
その、あまりにも狼狽した声をきっかけにようやく正気に戻ったオペ
レーター達は慌てて作業に入った。
「パイロット、生命反応微弱」
「蘇生措置、急げ!」
「今やってます。しかし、あまり急激にやると支障が!」
悲鳴に近い長門の声。
「そうか……頼む」
感情を押し殺してシンジは改めてスクリーンを見る。
真紅の槍。見覚えのあるシルエット。その名は……
「ロンギヌスの槍……馬鹿な!」
「アベルは、無事なの?」
レイのその質問に答えられる気力はなかった。
「……あなたのせいじゃないわ。仕方なかったのよ。自分を、そんなに、
責めないで」
夫の落胆した様を見て優しく声をかけても、そんなものは届かなかっ
た。
アベルを傷つけたのは、僕だ。
僕がアベルを殺したんだ。
「無駄よ、レイ。アベルが助かることを祈るしかないわ。アベルが助か
ったのなら、シンジの心も取り戻せるかもしれない」
妙に冷静に、アスカが言った。
「いや……そんなのいや……この人の心が、私達に向いてくれないなん
て、いやなの……」
「待つのよ。あなた達が私を待ってくれたみたいに。今は、待つの」
泣きじゃくるレイはまるで子供のようだった。
こんなに感情的な彼女は、ついぞ見たことがない。
「……あれが壊したのは、人の心か……」
未だに回収されずに初号機を突き刺している槍のことを思いながら、
アスカはレイを優しく抱いた。
「と、いうわけなの。初号機は当分使えないわ。アベルの生死に関わら
ずね。当面はあなた達3人で作戦展開することになるわ」
「……アベル君、助かるんでしょうか?」
アカリの小さな声。
「わからないわ。それはアベル次第ね。あの子の体力がどれほどのもの
か。それにかかってるわ」
ため息混じりのリツコの回答は沈んだ雰囲気を元に戻せる性質のもの
ではなかった。
「ま、運が良けりゃ助かるだろうよ。せいぜいそれまで街ごと吹き飛ば
されないように、オレ達が頑張らないとな。な、アカリにメイロン」
気軽にそう言ったアンディの拳は、しかしその口ぶりの軽妙さとは逆
に怒りに満ちて、握られていた。
「アンタに言われなくても頑張るわよ」
「素直じゃない女は嫌われるぜ、メイロン」
「別にアンタに好かれようとは思ってないわよ」
これだけ元気があるのなら、心配はいらないか。
リツコはアンディの拳には気付かず、胸をなでおろした。
「まあ、今日はゆっくり休んで頂戴。明日からまたテストの連続になる
からね」
「はーい」
「ハイ」
「OK」
子供達3人の少しづつ違う返事が唱和した。
「シンジ、入るわよ」
子供達とレイを寝かしつけてから、明りの灯っていないシンジの部屋
の戸をノックした。
きっとまだシンジは起きているという自信があった。
「入るわよ、シンジ」
もう一度そう言ってから、アスカはゆっくりノブを回した。
それはすんなりと回り、扉はやけにあっさりと開いた。
シンジはベッドに横になり、呆然と天井を見つめていた。
「……アスカか。何?」
顔を向けもせず、シンジはただそれが決められた反応であるかのよう
に応じた。
アスカは何も言わずシンジに近付き、ベッドに腰かけた。
「何?」
アスカは何も言わずに、シンジの目の下に指を置いた。
「たくさん、泣いたのね」
母親のような声でそう言った。
「……涙なんか1滴も出てないよ。僕は残酷な人間なんだ」
「嘘。涙は出なくても、あなたは泣いてるわ。聞こえるの。あなたが泣
いてるのが。もう隠さなくてもいいのよ。あなたは、思いっきり泣ける
んだもの」
アスカの指先に、何か熱いものが触れた。
それが何だかは確かめるまでもなかった。
ただ、シンジの嗚咽が部屋を満たし、悲しみが部屋に広がった。
「……僕は……僕は……」
一瞬だけ、子供に戻れるとき。
そんな時間だって、必要だものね。
私達のために無理に大人になったんだもの、あなたはこうしててもい
いの。
その分私達は子供でいられたんだから。
アスカの膝にすがって泣くシンジの肩の動きが次第にゆっくりになり、
やがて止まった。多分、泣き疲れたんだろう。
これで、とりあえずは大丈夫かな。
まったく、世話がやけるんだから。
でもそんなシンジに私はついてきたしこれからもついて行くんだろう。
そんなシンジが私は好きなんだから。だから子供まで産んだんだからね。
とても可愛らしいアスカの悪戯めいた微笑みを見る事なく、シンジは
心地よい眠りを満喫していた。
でも、アベル……大丈夫なのかしら。
私達の最初の子供。憎たらしいけど、可愛いあの子。
お願いよ、助かって。
胸の前で手を組み、祈るように目を閉じた。
せめて、私にはこれくらいしか出来ないけど。
せめて、祈りだけでも、届いて。
シンジ そんなに自分を責めないでよ。
アベルの優しい声がした。
お願いだから、そんなに自分を責めないでよ。
でも、僕はお前を殺してしまったんだ。
僕は、大丈夫。みんながあきらめなければ、きっと。
……これも、お前の"力"なのか、アベル?
僕の夢に入ってきて、こうして僕と喋っているのは、……
そう。誰かが僕にくれた"力"
この"力"がある限りは、僕はなくならないもの。
身体は滅んでも僕はなくならないもの。
だから、安心して、シンジ。
でも、お前の歩く姿やお前の笑うところを見れない
お前の怒る姿や……お前の未来が、消えるんだ。
じゃあ、その分シンジが未来を掴めばいい。
僕じゃだめだ。アベルじゃなきゃ。
僕は戻らなきゃいけないんだ
どこへ?
僕がきたところ。どこでもないところ。
僕達の出会ったところ。
「入手した情報によりますと、初号機パイロットは現在昏睡状態で、助
かる見込みはほぼないとのことです。初号機も損害が酷く、……まあ、
当分は修復不能でしょう」
「予定通りか。で、箱船の方はどうなった」
「S2機関の搭載も完了しました。現在、補助機関で動作チェック中で
す。イグドラシル、ムー、ルルイエ、ラピュタ、アトランティス、シュ
ミセンの順にS2機関の起動実験を行ないます。タイムスケジュールで
はイグドラシルの実験が1時間後に開始予定ですが」
「よし。起動に成功したらアポカリプスの第一段階を開始する。
まずはあの背徳者どもに鉄槌を下す。同時に他の5都市もS2機関を
起動。
我々が世界に君臨する日は近い」
「原罪に満ちた大地に滅びを」
「神を信じぬものたちに絶望を」
「神に従う者達に約束の地を」
目覚めはすがすがしく、いつにない気持ちのいい朝が待っていた。
体を起こそうと思うと、いつの間にか寝入ってしまったのだろう、ア
スカがシンジの体を枕にして、傍らの椅子に座ったまま寝ていて、その
重みのせいで思ったように起き上がれなかった。
起こすのも悪いかな、と思い。そのままにしておこうかとも思う。
ベッドに横になって力を抜くと、昨日の夢が妙に気になってきた。
……多分、夢に出てきたアベルは「本物」だろう。昔から不思議な力
があることには薄々気付いてはいたのだが。戻らなきゃいけない。僕が
きたところ。どこでもないところ。
あの会話は厳密には会話ではなく、イメージを受渡ししていたような感
があるので、記憶の片隅に何らかのイメージが引っかかっていた。見覚
えのある場所。どこだろうか?
僕達の出会ったところ。
そうか。あそこだ。
鮮明に思い出されたそのイメージは何度か味わった感覚だった。
そうか、あそこへ戻るんだ。
だが、アベルが今さら何のために?
でも、アベルは戻りたがっている。ならばそれを止めることは僕には
出来ない。
決断したとき、シンジには迷いは残っていなかった。
「Shit!」
怒号がロッカールームに響いた。
「俺があんな間抜けな捕まりかたしてなきゃ、アベルも助けられたかも
しれないのに!」
自らを責めるアンディの怒号。誰もいない無機質の部屋に、ひたすら
音は響いた。
勿論、自分がいたところで何かができたわけではないとわかっている。
だが、一人で命を賭してまで戦ったアベルに比べて俺のザマはなんだ、
遊び半分で、気楽にやって、捕まって、みんなの足を引っ張って。
例えアベルが救えなかったにしても、おれがもうちょっとしっかりし
てれば……。
やりきれない怒りと知り合ったばかりの友人を奪った名も知らぬ敵と、
自分自身への憎悪を込めて、アンディはロッカーの戸を今一度殴りつけ
た。
「……きっと荒れてるよ、アンディ」
ボソリとアカリは呟いた。
「え? あんな軽口叩いてたのに」
「だって、……彼の目、すごく怖かったもの」
「ふうん。……気になるんだ、アンディのこと」
面白がったようにメイロンはそう突っ込んだ。
だが、返ってきた答えは、
「ええ。だって世界の中からエヴァに乗るために偶然集まったのよ、私
達。そんな万に一つもない何かに導かれたんですもの。こんな出会い、
大切にしなくちゃ」
という、アカリの口からもれればちっとも不自然でない言葉だった。
こんな気どらない言葉がよく似合う娘だ、という事ぐらいメイロンもも
うすっかり理解している。
「ふうん……不思議な娘だね、相変わらず」
手早くプラグスーツを脱ぎ捨てたメイロンは、そのままバスタオルを
体に巻き付けて、備え付けのシャワールームへと消えていった。
やや手間取りながらプラグスーツを脱いだアカリも、タオルを体にき
っちり巻き付けると、メイロンの後を追いかけた。
「S2機関の起動、成功しました。イグドラシル、完全自給体制確立ま
であと40日の見込みです」
「うむ。100日後には全ての都市が予定通り稼働する。さすれば、我
々のための新世界が開ける事となるのだ」
「その前に邪魔者を排除せねば」
「然る後に最後の審判を」
「矢は放たれ、
槍は見せしめを射抜いた。
今度は盾を持って奴らを封じ、
剣を持って奴らを滅ぼす番だ」
「はい。アポカリプス作戦、開始ですね?」
「そうだ。もはや後退は許されん」
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