「で、オレ達は松代って所で戦えばいいんだな?」
9thチルドレン、アンドリュー・マクワイルドが作戦説明が一段落つ
いたとき、尋ねた。
「その後でまたここに戻ってもう一戦する予定だ」
「Wow.ハードなスケジュールだこと。人使いが荒いねえ、相変わら
ず」
NERVの人使いが荒い事はこの2ヶ月のテストの連続でもう承知だ
よ、といった含みを込めてアンディはおどけた。
そんなのは無視して、シンジは作戦説明の続きを始める。
「で、メイロンは訓練時同様G装備による格闘戦、アカリはB装備で主
にデフェンス、アンディはS装備でバックアップを担当」
「何でオレがバックアップなのさ。オレはバリバリ戦えるぜ」
「その無鉄砲な性格がいけないと言っておいたはずだがね、アンディ」
やや強調したジト目で睨みつける。
どこからともなくもれる笑い。
作戦前にしては妙に和やかな雰囲気だ。
「TRライフルの弾は30発だからな。一発で車1台楽に買えるから、
無駄使いはしないように。それと、格闘戦が困難だと思われた時にはメ
イロンは後退してパレットライフル装備、アカリはポジトロンライフル
で狙撃。ATフィールドが強力な時はメイロンとアンディとで近付いて
ATフィールドを中和しつつ狙撃」
「無茶だと思うんですけど……」
おずおずと言ったのは戸塚アカリだった。彼女は、オペレーターの戸
塚カオリの従姉妹にあたるらしい。
「無茶はもとより、仕方ない。こういういい加減な頼み方もなんだけど、
君達に頑張ってもらうしかないんだ」
「まあ、そう言われればやりますけどね」
腰に手を当てて――まるでアスカのような物腰だ――メイロンが答え
た。
「どんなに作戦考えたって、結局は君達頼みなんだ、頑張ってくれよ」
気持ちのいい笑顔を浮かべてから、シンジは作戦説明の残りに入った。
こうやって笑顔でごまかして子供達を死地に向かわせるんだ。
そんな罪悪巻がシンジの奥で渦巻いていた。
作戦説明も終わり、松代への発進準備も整ったとの連絡が入り、子供
達3人が出て行ったあと、
「シンジ、そんなに自分を責めない方が良いよ」
とおもむろにアベルが口を開いた。
「僕達は父さんのために戦ってるんじゃなくてそれぞれの守りたいもの
のために戦ってるんだから。その中に多分シンジも含まれてるけどね」
やさしい子だ。
そんなふうに声をかけてもらえることが嬉しかったし、そんなふうな
やさしい子にアベルが育ったことも嬉しかった。
「ありがとう、アベル」
そう言うとシンジは発令所に戻るため部屋を出た。
「で、松代の状況はどうなってる?」
1300時、予定では松代で「使徒」とエヴァが接触する時刻まであ
と5分。
「はい、目標を肉眼で確認、現在伍号機が狙撃準備を開始したとのこと
です」
「初号機はどうなってる?」
「現在赤木博士が準備の指揮にあたっています。N2炸薬の使用許可を
求めていますが?」
長門は困ったような口ぶりでシンジに尋ねた。
「……まあ、アベルなら無茶な使い方はしないだろうから……」
「許可してもいいんですね?」
「ああ、構わない」
N2炸薬とは……物騒なものを。
いくら開発後テストしてないからといってそんなものをいきなり実戦
投入しようとは。リツコの科学者らしさの面目躍如といった所か。
「これがアンディとかに持たせるんだったら絶対に反対するんだがね」
誰にも聞こえないように、シンジは秘かにつぶやいた。
きっとあの暴走小僧は市街戦でも構わずブッ放すことであろう。
実際、アンディに持たせたTRライフルだって全弾撃ち尽くして1億
円を無駄使いされる事がわかっているのだ。格闘戦なんてやらせたらエ
ヴァの修理費でもっと高くつくのがオチだが。
「父さんはきっとこんな事考えなかったんだろうな……はあ」
予算難の正義の味方か。
そんなぼやきを思わず漏らした。
普段それを聞き取れるはずの冬月は、松代で現地指揮に当たる事にな
っているので、この場にいない。
いや、指揮は日向がやるのだが、現地の自衛隊をなだめる役を冬月に
任せたたのだ。嫌な顔は見せたものの、こういうのは年寄りの仕事だか
らな、と快く引き受けてくれた。
「目標、弐号機の射程内に突入したそうです」
「そうか。……報告は当分いい。状況が大きく変化したら報告してくれ」
さもないとアンディの無駄弾撃ちで胃が痛くなるからな。
冷静な表向きの奥にそんな考えを抱きながらシンジは総指令席に座っ
た。
「まあ、エヴァ3機でし損じる事はないだろうな」
半ば安心しながらシンジは呟いた。
そしてそれに違わず10分後には使徒殲滅の報が入った。
『で、今度はこっちの番だけど……多分あっちが帰ってくる前に来ちゃ
うわね、お客さんは』
ちっとも暗い所を見せることなく、ミサトがそう言った。
「初号機だけで戦闘する事になりますね、それじゃ」
『まあ、なんとかなるとは思うけど……いざとなれば街ごと焼き払う事
になるかもね。
「それは避けたいですね、できれば」
『ま、アベルの優秀さなら問題ないでしょ』
「そう祈ります」
『んもう。あなたの子供なんだからもうちょっと自慢したっていいじゃ
ないの。そんな謙遜してたって疲れるだけよぉ』
「ミサトさん……今が緊急事態だって知ってます?」
『あら、失礼ね。わかってるわよそのぐらい。だからこうして明るくし
てあげようって努力してるんじゃない』
昔に比べて随分余裕あるなあ、ミサトさんって。
昔は使徒が来る度にピリピリしてて、もっとこう……カッコよかった
のに。まあ、その余裕が潤いになっているのは確かだけれど。
「ま、信じますよ、アベルの事を」
『そうね。もう信じるしかないわ。来たわよ、お客様』
促されてメインスクリーンをみると、モニターには使徒の姿が大写し
になっていた。
「初号機、発進準備!」
気合いを入れて、シンジは発令所に声を轟かせた。
アベルが選択した装備はハンドガンだった。狙いがつけやすいのと、
扱いが楽だと言う理由だ。他機によるバックアップが期待できない以上
速やかに格闘戦に移れる装備を、という事らしい。
使徒の第3新東京市到達まであと5分。アベルはもうエントリープラ
グ内で待機している。
「他の3機が帰ってこれるのはあと30分後だ。
おそらく単独による作戦行動となるから、十分気をつけてくれよ、ア
ベル」
『わかってるよ、シンジ』
とは言ってもやはり不安になる。
それも、「父親」ゆえだろうか。
「目標、射程圏内に入りました」
「エヴァが出せる距離までは待て」
どうせ無駄な射撃をする事はない。
沈黙に包まれたまま、数分が過ぎる。
「目標、予定地点を突破!」
「エヴァンゲリオン初号機、発進!」
数秒後、モニターの中に凶々しい紫の巨人が映し出された。
その瞳に光が宿り、その巨躯がゆっくりと動き出した。
使徒もその存在を認識し、その身体を初号機に向ける。
対峙した二つの大質量物は、互いを牽制するかのようにいやにゆっく
りと近付いてゆく。
「敵体内に高エネルギー反応!」
カオリの声が響く。
その声とほぼ同時に、初号機が凄まじい勢いで走り出した。
強烈に展開されるATフィールドが周囲の民家をなぎ倒す。
「使徒周辺の重力レベルが、変動しています!」
そんな事態の変化にもシンジはあくまでモニターを見つめるだけで反
応しない。
信じるしかないんだ。
初号機は全力でダッシュしたまま手にしたハンドガンをバースト射撃
で撃ち放った。3つの弾丸はいずれもATフィールドに阻まれ、空中で
消滅する。
「重力変動が、市街地上空全域に広がっています」
「アベル! 後退しろ!」
始めてシンジはそう命令した。
だが、アベルがその命令を認識するより早く、初号機はATフィール
ドを中和できる距離に接近し、わずかに空いた隙間から、ハンドガンの
残弾を全弾射出した。
慌ててとびのく初号機。
時間にして、数十分の一秒。
そして、巨大な爆発がATフィールド内で吹き荒れた。
「N2炸薬弾か……」
だが、煙が晴れた時、今だ使徒はその生命を保っていた。
剥がれ落ちた表面の下に、真新しい組織が見え隠れしていた。
「……! 郊外地域への日光の照射が消滅! 恐らく重力レンズによる
影響です!」
「エヴァ初号機、格闘戦に入る模様です」
どうする?
このまま重力レンズによる日光の照射を浴びればエヴァだって保つま
い。
だが、今叩けねばこの先攻撃の機会はないかも知れない。
残りのエヴァが到着するまでの20分強のあいだに、第3新東京市が
全機能を失う可能性の方が高い。
「構わん! そのままやらせろ!」
命運、全てアベルに賭けた!
その期待を背負って、初号機はプログナイフを装備して使徒に迫る。
この近接状態でエヴァに日光照射を浴びせれば、いかな使徒とて損害は
免れまい。
そのことが分かっているのか、使徒はエヴァの接近を避けようとした。
「使徒の後背から援護射撃!」
3秒のタイムラグをおいて、使徒の背後方向から無数の弾丸が放たれ、
ATフィールドに当たって微かな無数の火花を散らす。それは使徒に傷を
負わす事など出来ようはずもないが、使徒の動きを一瞬止めるには十分だ
った。そして、その一瞬さえあれば。
初号機が凶々しい瞳をもって使徒に迫った。
もはや完全な格闘戦距離。逃れられはしない。
ATフィールド展開、中和。
開かれたわずかな隙間からねじこまれるプログナイフ。それは寸分違わ
ずコアを貫き、数秒後、使徒は沈黙した。
「使徒、殲滅に成功」
カオリのやや興奮した声がそう報告した。
「御苦労だった。初号機回収を急いでくれ」
秘めていた不安と恐怖が一気に襲って来たシンジは、倒れ込むように総
司令席にへたりこんだ。
「データの採取は完了しました。やはり、初号機の力が目立ちますな。
北から進行させたものの方がポテンシャルとしては低かったのですから」
「ならば如何にする? あれ以上のモノを送り込むほどの力はまだないの
だぞ」
「危険ですが、あれを返してやりましょう。
我々に神が味方している証拠として、あの反逆の証をね。
今ならばインドラの矢は確実に反逆者を貫きましょう」
「そうだな。天命は我らにある。そのことを思い知らせてやれ。
もはやこれ以上待つ必要はない」
「はい」
答えた男が自らの席に据えられた一つのボタンを押した。
凶々しい血の色のボタンが、ゆっくりと沈み込んだ。