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第5章 最後の審判を下すのは聖霊ではなく……


「多分弐号機パイロットも選出する必要があるんだろうな」
 パイロット選出から一ヶ月後、ハーモニクステストの後、シンジは執
務室に戻る途中で傍らのリツコに尋ねた。
「そうでしょうね。先日アスカが持って帰ってきたあの報告書が本当な
らば」
「……アンドリュー・マクワイルドを呼んでくれ。それと、六号機のG
装備と伍号機のS装備のテストも行なってくれ」
「至急、ですか」
「至急だ。松代の使用は許可が下りている。戦自も協力してくれること
になっている」
 視線を向けもせず、シンジは話を続けた。
「随分と協力的ですね」
 いつもの戦自の非協力的な態度からすると信じられないことだ。
「なに、相田にね、この間の資料の半分を見せてやった」
 あれを見せられて気を変えない奴がいたら、お目にかかりたいものだ。
シンジはそう付け加えた。
「……彼もすっかりエリートコースですからね」
「ああ。異例の昇進だよ。国連軍に配属されて、3年で戻って来たかと
思えば、あの若さでもう一佐ときてる。しかも実際の権限はもっと上と
言うんだからね」
「で、その旧友を脅して協力を取り付けた、と」
 悪辣な手段ですこと。そういう意図を込めた言葉を向けると、シンジ
は心なしか苦々しげに、
「そうだね。でも、なりふり構っていられないことは確かだ」
 と答えた。その右の拳が、妙に固く握られていた。
「世界の平和のためには、ですか?」
「独裁者の誕生を防ぐためにはさ。平和を望むなら戦わなければいい」
 そして自分が生き残るには。何があろうと殺されることになる自分が
生き延びるためには。以前から秘かに蓄えられていたその答えが、少し
ずつシンジの中で渦を巻いていた。そういったエゴのために、世界を混
沌に陥れる僕の方がよっぽど罪人なんだよ!
 子供までも、巻き込んで。子供の命すら、戦いの道具として使おうと
する、僕の方が。
「どうしたの? 顔色がよくないけど?」
 赤城博士ではなく、年上の女性、赤城リツコととしての顔に戻って彼
女はシンジの顔をのぞき込んだ。
 その言葉通り、シンジの顔からは血の気が引き、息も荒かった。
「……疲れてるんだと、思います」
「迷ったままなのなら、戦わなくてもいいわ」
 力なく答えたシンジの心を見透かして、リツコは死刑宣告をするよう
に言葉を叩き付けた。
「そんな人間は、不要なのよ」
 そもそもこの戦いに意味などないのだから。
 じゃあ私は何のために戦っているの?
 ……多分、あの人が好きでいてくれる私でいるためだと思う。あの人
が好きでいてくれるのは戦っている私。戦っている私をあの人は見てく
れるから、だから私は戦う。
「……強いんですね、リツコさん。僕は、そんなには強く、なれません
……父さんみたいに、強くはなれません……」
 嗚咽を交えたか細い声が、エレベーターの中に響いた。
 エヴァのパイロットとして使徒と戦っていた頃の、あの触れるだけで
壊れそうだった少年の頃のまま、シンジはそこにいた。
 そんな姿を自分に見せることが以外だったし、そこまで信用されてい
ることが、嬉しくも思えた。私はあんなに酷いことをしてきたのに。な
のに彼は私をこんなに信用してくれるのだ。私の方が、ずっと弱い人間
だ。
「……強くなる必要は無いわ。ただ、もっと前を見るの。今は、そうい
う時だから」
 自分が何も答えていないと気付きながらも、リツコは崩れ落ちたシン
ジの肩を優しく抱いた。

『……そう、だからいたわってあげて欲しいの、シンジくんのこと』
「それが特別線を使ってまで頼むこと? ま、いいわ。任せといて。絶
対にあいつにやる気を出してみせるから。どのくらいかかるかはわから
ないけどね」
『お願いね』
「まあ、私はシンジをひっぱたいてやればそれで十分だから。優しく包
み込むのは……ね」
『あなたの役目じゃない、ってわけ?』
「そういうこと。さて……そろそろ帰ってくるんでしょ、じゃあ、切る
わ」
『そうね。じゃ』
 電話を置き、勢いよく立ち上がった。
 ところで何もする事が無いのに気付き、再び座る。
 ぼうっと外の景色を眺める。
 見慣れた街、でも少しずつ変わって行く街。15年前とはすっかり違
う街。
「ただいま」
 玄関の方からシンジの声がした。心なしか、疲れた声。
「お帰りなさい、シンジ。……何かあったの?」
 部屋をでて、リビングに入った所でそう声をかけた。
「いや、何もないさ。……大丈夫だよ」
「うそ。わかるわ、そのぐらい」
 強く断定する。
「私だけじゃなくて、レイだってね。子供達だって気付くわよ、きっと」
「……悩んでるんだ。戦わなきゃならないわけを」
「……私達を守るため、それじゃダメ?」
 そう言いながら、ソファに座っているシンジの首に腕を絡めた。
「私達家族を守るため……そんな理由じゃダメ?」
「そのために、アベルを巻き込んでもかい?」
 やさしい人。でも、弱い人。
 ずっと変わらないその評価通りに、シンジはか弱げな表情を見せた。
長らく見た事のない顔。ずっと彼は男らしい人でいてくれた。そんな彼
の、本当の顔。
「……あなたは良くやってるわ。でもね、みんなもあなたを助けたいの。
みんなもあなたを守りたいの。だから私は危険な調査をするし、アベル
はエヴァに乗るのよ。あなた一人が悩まないで。私達は、あなたを守り
たいんだから」
「でも、僕が君達を守ろうとすると、別の誰かが傷つく。それが嫌なん
だ」
「あなたが守ってあげなければもっと酷い目に遭うのよ。私がそうされ
たみたいに。奴らは、きっとそうするわ。だから、昔の私みたいな不幸
せな人間を生まないためにも、戦って、シンジ」
「いやだ……ぼくはもう、戦いたくない……いやなんだ……誰かの不幸
せの上に乗って自分だけ幸せになるのは」
 ぼく、なんてシンジが言ったのは一体何年ぶりだろう。もう覚えてい
ない。
「……ごめんね、シンジ……あなたの気持ちも考えないで」
 包み込んであげるのは本来私の役目じゃない。けれど、今のシンジに
必要なのは温もりだ。だから、アスカは子供達にそうするようにシンジ
を背中から優しく抱きしめた。
 ソファ越しに回された腕にすがりついて、シンジは泣いた。
 まるで子供がそうするように。
 ひとしきり泣いた後、シンジは我に帰ったようにアスカの腕から離れ
た。
 もういいのね、と悟り、アスカは腕を引っ込めた。
「アスカ、ごめん」
 いつもの男らしいシンジの口調で、彼は言った。
「悪いと思うんなら……キスして」
 ねだるように、甘えるように。
 シンジは赤く腫れた目を恥ずかしそうにこすってから、振り向いて立
ち上がり、ゆっくりと顔をアスカに近づけた。
「……でも、まだ戦いたくはない」
 唇を離した後、シンジはおもむろにそう言った。
「……戦わなきゃいけないのはわかってる。だから、理由が欲しい。理
由を、僕にくれるかい、アスカ?」
 もうその瞳には迷いは殆ど残っていない。歩きだしたいのに歩き出す
方向が分からない、そんな彼の瞳がそこにあった。
「戦う理由は貴方が見つけなきゃいけないわ。でも、私達を守って欲し
いの」
「……そのために、僕は戦うよ。君達を、守るために」
「ただいま」
 玄関の方から、アベルの声がした。
「ただいまぁ」
 続けて舌足らずな声で、3人の子供達の声がした。
「3人、本部からの帰りについでに迎えに行って来たけど、問題ないよ
ね?」
 リビングの扉を開けながらアベルが相変わらず元気な声で言った。
 そのころにはシンジもアスカもちょっとしたラブシーンのあった事な
ど忘れたように少し離れたソファに座り、何事もなかったようにアスカ
はテレビに見入り、シンジは新聞を読んでいる。
「あれ、シンジ、先帰ってたんだ。へえ、いつもなら僕が先なのに。珍
しい」
「たまにはね。今日はたまたま暇だったから」
「アスカもアスカで相変わらず暇そうだねえ、ほんと。そんなに食べて
ばっかりいるとそのうちガスタンクになると思うけど」
 テーブルの上の煎餅に手を伸ばしたアスカにすかさずそんな事を言う。
「……あんた、本っ当に昔っから不愉快な子供ね」
 煎餅にヒビが入る程怒りをあらわにして、アスカはアベルを睨みつけ
た。
「子供相手にそんなに目鯨立てないの。恥ずかしくないの?」
 アスカは何も言わずテレビに熱中するふりをした。
 大抵この調子、アスカはアベルに口で勝つことがない。
 ささやかな復讐として、食事のスパイスをアベルだけ5割増しにした
りするのだが、もうすっかり適応されてしまっていて今では効果がない。
「ねえ、アスカママ。おやつないの?」
 ナギサがちょこちょことアスカの側に歩いて来てから言った。
「ああ、そうね……確か……そう、オレンジがあったかしら」
 第3新東京市にいる時は、この家にいる時間が圧倒的に長いアスカは
いつのまにか家事全般に通じるようになってしまった。で、子供たちも
おやつが欲しい時はアスカに頼む事を覚えているわけだ。
 手際良くオレンジを切り、皿に盛ってリビングに運んでくる。
「ちゃんと手を洗ってからね」
 そう言って皿は子供達の手が届かないように高く盛ちあげておく。
「はあぃ」
 子供達のいい返事がして、競争するように(でも歩いて)洗面所へと
出ていった。
「はあ、やっぱ、僕も?」
「当然」
 かったるいなあという顔をして、アベルもキッチンで手を洗った。
 キッチンでは高くて子供達では手が届かないのだ。
「洗ってきたよー」
 待ち望むように子供達が帰ってくると、アスカはちょっとオーバーな
リアクションを付けて皿をテーブルに載せた。
 この子達に、暗い未来を渡したくない。そんな陳腐で簡単な願い。そ
れが、シンジの最大の力となった。シンプルで、いいじゃないか。
 この子達のため。自分の身の回りの人間のため。ひいては、世界中の
子供達のため。
 シンプルで、いいじゃないか。
 だから、僕は戦おう。
 新聞の影からとても優しい瞳を子供達に向けながら、シンジは小さく、
決意した。

「ヘクサアークズのうち、イグドラシル、ムー、ルルイエ、ラピュタ、
はS2機関の稼働を待つのみです。残るアトランティス、シュミセンに
ついても2ヶ月以内にS2機関を残し完成の見込みです」
「……急げ。早ければ早いほど我々に勝機が巡ってくる。邪魔になるの
はNERVと国連軍のみ。だが、ヘクサアークズのS2機関が稼働すれ
ば国連軍は恐るるに足らなくなる」
「であれば、敵はNERVのみ」
「NERVに時間を与えてはいけない。奴らがエヴァを運用するための
準備の時間を……新たに選んだパイロット達が熟練するに足る時間を、
与えてはいけない」
「しかし、発動の時は近い。熟練させてはならぬとはいえ今一度その力
を量る必要がある」
「なれば、再びガラクタを処分するか」
「それで手傷を負わすことが出来ればそれだけで十分というもの」
「ならば、決定だ。今一度、NERV本部を攻撃する」
「その後に、遂に動くのだ。我々の手によるアポカリプスが」
「我々が下すのだ、愚かな人類を裁く鉄槌を」

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