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第4章 背徳者達による讃美歌の調べ

「まあったく、連中のおかげで帰ってこれるのが一月も延びるなんてね。
おいそれと連絡も出来ないし、寂しかったんだから」
 電話口の向こうの声は、ここ数日のシンジの落ち込みぶりとは無縁の
明るさだった。
 一月ぶりに聞く声が、妙に懐かしい。
「で、そっちでは何があったの? まさかあれだけの事件が起きといて
何も手を打ってないなんてことはないんでしょうね?」
「……ちゃんと対応策は練ったよ……まあ、半分なしくずしなのは確か
だけど」
「相変わらず自律性がないのね、あんた。もうちょっとシャキッとしな
さいよ」
「……いいじゃないか、やることはちゃんとやってあるんだ」
「へえ、どんな風に」
「エヴァのパイロットを選んだ。3人ほどね」
「へえ、弐号機には誰が乗るの?」
「誰も乗らないよ。初号機と伍、六号機だよ、使うのは」
「ええーっ。何で弐号機を使わないのよ! すぐ暴走するあんたの初号
機なんかよりずっといい機体なのに! ま、いいわ。御土産はたっぷり
あるから、期待しててね。んじゃ、またあとでっ」
 投げキッスが100個は飛んできそうな口調でそういうと、唐突に電
話は切れた。
「……まったく、どこからあの元気が出てくるんだよ」
 その元気のもとが自分であるなどとは全く思いつきもせず、シンジは
ぼやくようにつぶやいた。もっとも、そのつぶやきがいささか楽しそう
だったのはどこから見ても明らかなのだが。

 惣流・アスカ・ラングレー
 エヴァンゲリオン弐号機専属パイロット、セカンドチルドレン。
 13歳で大学を卒業した「天才少女」
 その後、日本で大学院に進学。現在、7つの博士号を持つ。
 2022年より3年間の期限で設立された統一政府準備委員会第一次
調査院の正式メンバーとして、主に南北米大陸を中心に活動。
 調査員としての能力はExSをマーク。
 第二次調査院への配属も考えられたが本人の希望により辞退。
 現在日本で大学講師を行いながらも8つめの博士号(考古学)へ向け
て猛勉強中。
「以上が当方の公式記録に残っている当該諜報員に関するデータファイ
ルです」
「ExS……なぜそんな人材を手放した?
 洗脳でもなんでもして、手元に置いておくべきだったのに」
「非公式記録をご存じないのですか。
 彼女は5年前にNERVの内部調査のために、第二次調査院への配属
を『辞退』したのですよ。ところが洗脳を解除されてしまいまして、ま
あ、情報が手には入らなかったわけではないんですが、不十分でした」
「今更どうこう言うつもりはないが、NERVとつながりの強い人間を
送ったのが悪かったのではないか?」
「いえ、彼女で正解でした。その証拠に彼女の諜報行為が明らかになっ
ても、NERV上層部人員の個人的事由により、彼女はその罪を不問に
されています。もしその罪が追求されれば我々の存続も危うかった事で
すし」
「ふん……ものは言いようか。まあいい。
 で、今回漏れた可能性のある情報は?」
「はい。当方が現有するE兵器の所在と数、約半数が漏れたものと思わ
れます」
「少し不用心すぎるのではないかね?」
「問題ありますまい。我々がアポカリプス作戦を発動すれば、NERV
の現有戦力では対応し切れないでしょうから」
「だが、我々は彼らの情報を入手できない状態にあるのだよ。監査部は
すっかりホットラインを押えられてしまったからな」
「それは貴公の手落ちだろう。前回の作戦時、NERVの動向を気にし
すぎたのだよ、君は。いずれ彼らがエヴァを持って対抗して来ることは
わかっていたし、タイミングが早いか遅いかだけの問題だったものを、
君がリアルタイムで情報を求めたのがいけないのだ」
「しかし、作戦展開上は相手の動向を知る必要がある」
「所詮当て馬に過ぎない作戦で、相手の動向も何もあったものか」
「重要なのはそのことではない。情報が洩れた事で我々が計画を変更す
るか否かだ」
「そうだ。その点に関しては私は必要ないと判断するが」
「我々が持つE兵器は、NERVが現有するそれの10倍はあるからな」
「だが、敵にはエヴァ初号機という未知数が存在している」
「インドラ計画がある。問題はない」
「成功すればの話だがね」
「さもなくば、我々が大罪人となるだけのことだ。もはや後戻りはでき
ない」

「早速で悪いけど、これ、目を通して」
 総司令執務室に断わりもなく入ってきたアスカは、机の上に一束の書
類を置いた。
「挨拶もなしに? そんなに急がなきゃならないのか?」
「挨拶は読みながらでもできるわ」
 やれやれ、と言った顔をして、シンジは書類の束を手に取った。
「これは……」
「敵の現有E兵器の所在よ。実際はこの1.5から3倍ぐらいは予想さ
れるけどね」
「驚いた……残る8体のエヴァを全部保管してる。しかも……これは、
このあいだここにきた奴じゃないか!」
「そう、これではっきりしたわ。間違いなく統一委員会の差金ね。証拠
としては認められないでしょうけどね」
「提出する先もないだろうしね。現有の兵器の中でE兵器に対抗しうる
ものは存在しない」
「ABC兵器で、管制所か委員会本部を壊滅させるという方法もあるわ
よ」
「そうしたら悪とされるのは俺達の方だよ。そんな事になったらたまっ
たもんじゃない」
 右手をゆっくりと開いたり握ったりしながら――考える時の癖だ――
シンジは執務室の一点を見つめやがて口を開いた。
「結局奴等の出方を待ってエヴァで対抗する以外に方法はないのかな」
「でも、奴等が複数箇所で同時作戦展開すれば? それに対抗するだけ
のエヴァはないし、各所を抑えられて物資を止められたら日本なんかに
あるNERVじゃ保たないわ」
「半年は保つさ。その間に在日国連軍の協力を得てアジア地域を確保で
きれば……」
「在日国連軍が奴等につかないとは限らないわ」
「少なくとも近くの部隊はこっちに着くよ。それで十分。半年の間に何
とか拠点を広げられれば……」
「餓死者が多く出るでしょうけどね」
 微笑みながら、アスカは容赦なくシンジの思考の欠点を指摘していく。
 シンジはそれを煩わしいとは思わない。そうやってシンジの思考をサ
ポートしてくれるのだ、彼女は。仕事の上では最高のパートナーである
事、それが二人の間の不文律。
「今のうちに松代に打診しておくか……いや、下手に勘ぐられたら事だ
な」
「それこそ、内通者でも作っておけば?」
「そうだね……内通者か……よし」
 おもむろにシンジは電話を手にした。手早く慣れた番号を押し、あと
はアスカの存在など無視して電話に没頭する。
「08213号の彼に、連絡を取ってくれ。彼と話がしたい。それと、
近隣の自衛隊と在日国連軍で、NERVに好意的な部所にも根を回して
おきたい。人選は任せた」
 真剣な眼差しで電話をするシンジの横顔を、アスカはぼうっと眺めた。
 しばらくレイに一人占めさせてたんだものね、という思考がどこかか
らふうっと涌いて来る。けれども、こんなに真剣なシンジの邪魔をする
のはあまりよくないような気がして、伸ばしかけた手を引っ込めた。
 こんなシンジの姿、レイはお目にかかれないんだから、その分私のリ
ードなんだから。そんなふうに考えて、アスカはふふっと笑った。
「なにニコニコしてるんだい、アスカ?」
 受話器を置いたシンジが、執務机の端に座っているアスカの表情を見
て、ちょっと不審げに尋ねた。
「何でもないわよ、別に」
 それでもやっぱり楽しそうに微笑みながら、アスカはからかうように
答えた。
 どうしても理由を尋ねたいような気もしたが、まあ、いいかと思って
シンジはそれ以上追求するのを止めた。

「アポカリプス作戦発動の時期は近付いている。各地のE兵器の準備状
況を報告してくれ」
「は。東アジア地区は現在のところ80%が稼働可能です。残りに関し
てもあと3ヶ月以内に準備完了の予定」
 各地の担当官によって次々と行なわれていく報告が順に流れていく。
「最後に、インドラ計画についてです。弾体の輸送は完了しました。現
在、射出地点で準備を調えております」
「以上がアポカリプス作戦への準備状況だが」
「アメリカ地区が幾分遅れているようだが」
「国連の監視と、何者かの妨害工作の影響だ。問題になる遅れではない」
「ヘクサアークズの建設状況の報告が無いが」
「……90%完了した。後はS2機関だけだ」
「イグドラシル、ムー、アトランティス、ルルイエ、シュミセン、ラピ
ュタ、以上の6都市が稼働しなければ、アポカリプスは発動できんのだ」
「アポカリプスか……我々が私利私欲の為に行なうものがね……皮肉な
ものだな」
「その名を付けたのは君だろう。全く、恐れ入るよ」
「神を冒慝した……異教徒の為す行為だよ」
「違うな。背徳者だ。我々はいかなる神をも恐れはせぬ」
「利用はするがね、そうだろう?」
「そのとおりだ。二千年前の人間も役に立つ事をしてくれた。おかげで
こうして、我々が世界を手にする事が出来る」
「讃美歌でも歌って褒め讃えたくなるぐらいだ」
「そうだな……」
 会議は唐突に終焉を迎え、その場は闇に閉ざされた。
 その闇の中に、神の加護は、ない。

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