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第2章 沈みゆく未来

「至急ヘリを出して、アベル=エイブラハムを回収しろ」
 アベル=エイブラハム。アベルが自ら望んだ自身の名前だ。
 第6の適格者。おそらくそう呼称されるようになるのだろう。
 5年前、カインが襲来した時には断固としてエヴァを使おうとしなか
った自分が嘘のように思える。
 あながち敵の正体がわかっているだけに、どうしてもエヴァを使わざ
るを得ない。
 人の欲望のために生み出された歪んだ魂を、再び無理にでも戦わせね
ばならないのか。そう思うと、心が重い。
 アベルはきっと喜んでエヴァに乗るだろう。皆を守るためなら当然だ
よ、などと言って。分かっているだけに、つらい。
 あの子は強い子だ。それを利用せざるを得ない自分が憎い。これでは
父と同じではないか。
 第7、第8の適格者は、見つかっていない。
 エヴァ1体で、何ができるのか。
 やはりダミープラグをも利用することになるのか。
 子供をエヴァに乗せる事とダミープラグを使う事。どちらの罪がより
重いのかは分からないが、どちらにせよエヴァが使うべきものではない
のは確かだった。
「全市民の避難、終了しました」
「第3新東京市、戦闘形態への移行率58%」
「ヘリより入電、アベル=エイブラハムの保護完了。至急本部へ帰還す
る」
 次々と報告が届く中、シンジは自分達がこれから犯すであろう罪を思
っていた。
 誰かが罪を背負わねば、人類に未来は来ない。だから、例えそれが血
塗られた果ての未来であろうとも、進まねばならない。
『エヴァンゲリオン初号機並びに伍号機の、第1次解凍作業が完了しま
した』
「あとは幕僚会議の結果待ちというわけだな」
 HANNIBALの報告を聞いて冬月が言った。
「直ちに第2次以降の解凍作業を開始」
 その冬月の言葉を無視してシンジは次の指令を出した。
「ウィッギン元帥の首を切り落としたいのか、碇」
 慌てて冬月はそう声をかけた。だが、シンジはいやにはっきりとした
口調で、
「結果は後からついてきます。これ以上の余裕はありません」
 と応える。
「傲慢だぞ、それは」
「傲慢で構いませんよ。今必要なのは、事実を正しく把握し、その上で
無理にでも事を起こす傲慢さですから」
 その通りだと思う。だが、それが自分の首をも締めていると分かって
いてもなおそうするのか?
「以前と違って、いつ使徒が来るかは全くわからないんです。今度は、
我々の手元にはシナリオはないんです」
「確かにそうだが……」
「無謀なのも分かってます。でも、あれはいかなる手段を持ってしても
殲滅しなければならない。我々が未来を掴むためには」
 それは人類の傲慢でしかない。
 別にどの人間が覇権を掴もうとも構わないのかもしれない。そのこと
で多くの命が犠牲になることを考えれば、抵抗などしない方がいいのか
もしれない。
 だが、わずかばかりの傲慢さをもって自由を求めるのなら、多くの命
を犠牲にしてでもよりよい未来のためには戦わなければならない。エヴ
ァンゲリオンを使ってでも。
 エゴのために戦っているのはよくわかる。だが、それでいいじゃない
か。僕がここでこうして戦っているのは、人類を守るためでも、世界を
救うためでもなく、僕にとって大切な何人かの人達を守るためなんだか
ら。
 たとえ、この手が罪にまみれようとも。
「120秒後に目標が富士の陸自基地に到達します。どうしますか?」
「何もしないように、伝えておいてくれ。攻撃されれば別だが、おそら
く問題ない」
 どうせ最初の目標はここなのだから、無駄な死者は出さない方がいい。
「解凍作業は?」
『現在第2ステージ完了率68% 全作業終了は使徒到達の1時間前の
予定』
「幕僚会議より通達、本日使徒発見時に遡りNERV権限の回復を承認。
以後は独自の判断で事態の収終に当たれ、とのことです」
「使徒の進路上の各市町村に緊急避難勧告、周辺地域の警察および自衛
隊を誘導にあたらせるよう要請。第3新東京市は全面的に戦闘形態へ移
行」
 かくて、戦いの準備は整った。

 エヴァンゲリオン初号機の起動は成功した。
「……アベル=エイブラハムを第6の適格者として認証する。以降、彼
の身柄はNERVで預かり、必要とあればエヴァンゲリオンへの搭乗を
要請する」
 かつて自分が父にされた事とやっている事は変わらない。いきなり自
分の子供を呼んでエヴァに乗せ、戦わせようとしている。
 正義感の強い子だけに、アベルは素直に起動実験を了承した。
 初号機の瞳が、15年ぶりに輝きを宿している。
 どうして、こんなものを使わなければならないんだろう。
 悪魔の技術。あってはならないもの。人類の侵した神の領域。
 もはや罪にまみれてならないのなら、滅びの道をたどってもいいので
はないだろうか。もう、人という種は限界に来ているのではないか。父
の目指した理想は何だったのか。打ち捨てられて、もはや何の力も持た
ぬ補完計画。あれが真に完成していれば、あるいはかように愚かな事を
せずともすんだのか。それとも、人は存在自体愚かなのか。
 愚かでかまうものか。でも、どんなに愚かでも僕は僕の生きたいよう
に生きるんだ。僕は、ここにいて、僕の生きたいように生きるんだ。
「使徒到達まであと30分です」
 緊張した面持ちで日向が報告した。彼にとっては初の作戦指揮の舞台
となる。
「現在までの解析状況を報告します。目標は物理的以外の攻撃手段をも
つことは確認されずまたそれに適応した器官も認められません。よって、
73%の確率で、物理的攻撃のみを使用するものであるだろうとMAG
Iは判断しています。HANNIBALもこれには同意していますが、
目標があくまでも使徒であるなら、その他の攻撃手段にも警戒の要あり、
とのことです」
 オペーレーターの一人、技術部所属の長門ユウジが長い報告を告げた。
「迎撃作戦に関するアドバイスは?」
 との日向の問いに、答えたのは、スピーカーから響くミサトの声だっ
た。
『6thチルドレンとダミープラグによってエヴァ2機を同時作戦展開、
ダミープラグ側である伍号機をオトリにして、初号機による近接格闘で
勝負をつける……ってところね。伍号機の破損状況はこの場合問わない
ものとするべきでしょう』
「しかしそれでは以後予想される第20使徒以降の襲来に対する防護が」
「その件については問題ありません。こちらで手を打ちます」
 頭を悩ませる日向に、シンジは一段高い司令席から声をかけた。
「NERVが保管する残りのエヴァ……弐、六号機についても本迎撃作
戦後解凍作業を行なう予定なので、気にしないで下さい、日向さん」
「ありがとう、シンジく……と、司令」
「いいですよ、『シンジ君』で」
 自分より歳の若い上司を持つと、変なところで苦労するもんだ、と秘
かにぼやきつつ日向は作戦決定を下した。

 一切の外界の情報の入って来ない避難所の中で、レイは底知れぬ不安
に包まれていた。子供達が帰って来る前だったのは幸いかも知れない。
少なくとも、巻き込まれなくて済むのだから。
 そう言えば、避難所に逃げ込むなんて初めてなのね、と急にしみじみ
とした気分になる。……記憶としてはかなり早くからこの町に住んでる
のに、一度も実際に避難を経験したことはなかったのね、と思うと何だ
か可笑しかった。それも皆エヴァのせい。
 エヴァ……使うことになるのかしら、あれを。5年前、あの人は頑と
して使わなかった。今度もそうしてくれるのだろうか。あれはもう使い
たくない。あれはあの人の笑顔を奪ってしまうもの。だから、あれは使
って欲しくない。
「……綾波博士ですね?」
 急に背後から声がかかった。
「あ……はい」
 振り向くと、NERVのロゴの入った作業服を着た若い男が立ってい
た。
「NERVの者ですが、技術部長の赤城博士からあなたをお連れして欲
しい、とのことですが、よろしいでしょうか?」
 赤城博士が、私に用? 一体なんだというのだろう。
「はい……分かりました」
「それでは、こちらに」
 そう言うと、その職員はこちらを見ずに歩きだした。
 どうせろくな荷物は無かったので、そのまま立ち上がって歩きだした。
「あの、外で何が起こってるんです?」
「お答えできません」
 バリバリの事務口調。多分、何も知らされてはいないのだろう。
 あきらめるしかないか。どうせ、NERV本部に着けばわかることだ。
「ここです。中にお入り下さい」
 15年前とはまるで違う構造の、全く勝手のわからない本部の中で、
レイは言われたままに部屋に入った。
「来たわね、レイ」
 赤城リツコは、その部屋の中で待っていた。
「用件だけ伝えるわ。あなたをNERVに招きたいの。エヴァを動かす
為にね」
「動かすんですか、あれを」
「もう動いたわ。アベルを乗せてね」
 思ってもいなかったその言葉に、レイは言葉を失った。
 アベルを乗せて、エヴァが動いた。6人目の適格者。私達の子供。
 きっとあの人が選んだんだ。どうして。
「何の為にですか。それを聞かなければ、了承できません」
 それが知りたくて、そう質問した。
「聞けば了承してくれるのね?」
 品定めをするような目で、リツコはレイを見ていた。嫌な目だ、と思
った。
「わかりません」
「素直なのは変わってないわね。あなたの力が必要なのよ」
「ウソですね。私がいなくてもエヴァは動かせる。
 私はエヴァの事は知りませんから。
 あなた達が必要としているのはエヴァのパイロットとしての私か、或
いは……」
「もうそれ以上しゃべる必要はないわ。そこまでわかってるならね。
 私が必要としてるのはあなたの持つ技術よ。エヴァの代わりになる兵
器を作るためのね」
 不愉快そうにレイの言葉を静止して、リツコはそう語った。
「そんなもの、何のために作るんですか。そんな力は、エヴァで十分な
はずです」
 わからないあなたじゃないでしょう、そう思いを込めてぶつけるも。
「使徒が、来たのよ。これからもまた来続けるわ。それを倒す為よ」
 型どおりの返事しか返ってこない。
「エヴァが4体もあれば十分すぎます」
「そうとは限らないわ」
 いえ、たぶんエヴァ4体じゃ無理ね。その最後のつぶやきはレイには
届かなかった。
 敵の正体は、わかっているのに。
「証拠はないんでしょう? 来るかどうかわからないモノにおびえてそ
んなものを作るなんて……」
「そんなものをつくるなんて?」
「科学者として、やってはいけないことです」
「建前ね。分かってるんでしょう? あなたの研究していることだって
同じなのよ。時間がないの。15年前と同じでね」
 来るかどうかわからないもの。建前上はそうだった。でも、来るとわ
かっていた。だからエヴァは作られた。今度もそれに変わりはない。
「それが総司令の頼みだとしても?」
「変わりません」
 情に訴えかけてみても強い意志でそう断言された。
「……仕方ないわね。とりあえず、諦めるわ。でも、圧力がかかる事に
なるでしょうね、きっと」
 監査部はきっとそれを要求してくる。そうして上層部を失脚させて、
奴らの望むシナリオを導き出したいのだ。
 何を狙っているかはわからないが……
 そう言った諸々の事実を口に出せない監視された自分の立場が腹立た
しかった。
「気が変わったら連絡して頂戴」
 気持ちを押し殺してそう言うと、レイは明らかに不機嫌な顔で、
「多分そんな事はありませんから」
 と言って出て行った。
 悔しさに身を任せる事すら許されないリツコは、平静を装って勤務へ
と戻った。

「エヴァンゲリオン初号機並びに伍号機、発進」
 日向の声が発令所に響いた。
 作戦展開は申しぶんない。
 HANNIBALのサポートがあるとは言え、これだけやれれば十分
だろう。
 ダミープラグ搭載の伍号機が中破するも第19使徒の殲滅作戦は成功
した。
 とどめは初号機のスマッシュホークによるコアの破壊。
 いやにあっけなかった。
「おそらくまだ実験機だからな。以降の襲来の方が問題だよ。早急にあ
と3人、パイロットを探さないと」
 それが愚かしい事だと、わかっていても。
 シンジは下唇を噛み、暗い瞳をエヴァの収容を映しているスクリーン
に向けた。

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