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 終章「ある一つのプロローグ」

 目覚めると、アスカの顔があった。
 朦朧とした意識の中、彼女が何やら騒ぐのが見え、気がつくと、いろ
んな人が、そこにいた。
 レイ、リツコさん、冬月さん、トウジ、マヤさん、日向さん。
「……みんな……」
 アスカがいないと思って体を起こそうとすると、起き上がらなかった。
 見ると、アスカが、僕の胸の上で、泣いてた。
「心配したんだから」
 レイが、いつものように、言った。少しだけ、泣いてた。
「あなた、3ヶ月も眠ってたのよ。このまま起きないんじゃないかと思
ったわ」
 リツコさん。
「……ここは?」
「病院よ」
 レイ。
「まったく、どうして君達親子は人を心配させるのがこう上手なんだ」
 冬月さん。
 それから、みんなに、話を聞いた。
 カインに(みんなはその名を知らないので「敵性体」とか「バケモノ」
とか呼んでいたが)僕が呑み込まれてから1ヶ月後、僕と一人の子供が
カインから弾き出されたこと、その後二人とも眠り込んでいたこと。
 カインは完全に活動を停止したということ。
 その後の調査で統一委員会がカインを送り込んだという事実がわかっ
たこと。
 もっとも、証拠がないので手をこまねいているだけだということ。
「その、子供は?」
「隣の病室で寝てるわ。ずっとね」
 何処からともなく、ミサトさんの声がした。
「会いたいな、その子に」
「無理しないで……私が肩を貸してあげる」
 レイが、僕のベッドのそばでちょっとしゃがみこんだ。
 アスカが、ちょっとだけふくれた。
 隣の部屋にアベルはいて、薄目を開けて僕を見ていた。
「アベル。狸寝入りしても無駄だよ」
 ちぇっと舌うちして、アベルは目を開けた。
「知って……るの?」
 けげんな顔で、アスカが聞いた。
「ああ、ちょっとね」
 僕は悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「……そろそろ、子供が欲しいね」
 夕飯の席、何気なくシンジは言った。
「だからぁ、私はいつでも待ってるって言ってるでしょ、シンジ」
 わざと蓮っ葉な感じでアスカが言う。
 ふふ、と笑ってシンジはそのまま食事を続ける。
「あ、何よ。無視する気?」
「そんなつもりじゃないさ。ただ、アベルがいる事忘れてないか?」
「こんなマセガキ気にする事ないわよ。どーせみんな知ってんだから」
 それというのもシンジの徹底的な放任主義のせいと言う話もある。
 ――あの後、アベルはシンジが引き取った。
 彼の行動をいぶかしげに思ったアスカやレイも、シンジの強い決意に
折れ、今ではこうして一家4人、平和に暮らしている。
 もっとも統一委員会がなくなった訳ではなく、未だNERV総司令と
してのシンジの仕事は続いているし、レイもエヴァンゲリオンの「細胞」
を利用した有機マイクロマシンの研究を続けている。
 アスカはといえば、週一回の講師の仕事だけではさすがに退屈だった
のか、今度は物理学の博士号に挑んでいる。そうでもしないと一日中ア
ベルの子守をさせられることになったから、というのもあるらしいが。
 アベルは、つい先日小学校に編入された。もちろんNERVの工作が
裏にあったが、それ以上は何も干渉していない。実に元気(多分にませ
ているが)なものだ。
「ねえねえシンジ、子供を作るって要するにするってこと?」
 といった具合だ。そういったとき、大抵シンジは笑ったままうなずく。
それでアベルも納得するようで、それ以上は何も言わない。これがアス
カだと、無理に言葉で説明しようとするので余計な質問を招く。それに
いちいち答えていると、いつまで経ってもきりがないので、適当な所で
終わりにしようとすると、アベルがごねる。
 どうもアベルは妙にアスカにつっかかる傾向があるらしい。
 アスカがその事を不満げにシンジに言うと、
「それはきっとあれだよ、アベルはアスカの事が気になるんだ。異性と
してね」
 と返事が返ってきた。その返事に露骨に嫌な顔をして、それなら何で
あんなに突っかかるのよ、と言い返すと、
「アスカがどれだけ俺に絡んだ事か、忘れたとは言わせないよ」
 と切り返された。これではぐうの音も出ない。ささやかな反撃のつも
りで、そのままシンジのベッドに潜り込んで、そのまま眠ってやった。
アスカ自身の部屋には鍵がかかっていたので、その晩はシンジはリビン
グのソファーで寝る事になった。翌日、シンジは軽い風邪を引いたので、
その反撃は大成功だったと言えよう。
 レイとアベルの仲は……とりあえず、お互い不干渉といった所だろう
か。それでも互いのことは強く意識しているようで、いつもいるべき時
に姿が見えないと首を捻っていたりする。そういう時にはシンジが何気
なくもう一方がどうしているかを告げると、安心したように普通に戻る。
 ちょっと不器用ながら親と子の関係にあるのだろうか、とかシンジは
思う。
 そう言えば、最近アスカが妙にシンジに絡んで来る。
 どうも本気で子供を産みたいとか思っているらしい。
 まあ、シンジとしても望む所ではあるのだが、レイのことを考えると
複雑な気分だ。
 見ている所、アスカとレイの関係なら大丈夫だと思うのだが……もし
それが元で何か起こったらと思うと、少し踏みとどまってしまう。
 リツコは、最近冬月とミサトにだまされて、お見合いをしたらしい。
本人はいやいやだったと主張しているが、めでたくも生存した同級生最
後の独身者の座を脱出できるチャンスに、結構心浮かれているとの情報
もある。
 ミサトは……相変わらず。たまにすねたり、いいかげんなことを言っ
たり。とてもコンピュータとは思えない振る舞いだ。
 冬月や、トウジや、洞木姉妹や、NERVの職員達も、これまで通り
の生活に戻っている。カインの解析中で第3新東京市の復興作業がまた
遅延したのは別にして、概ね元に戻った。
 そういえば、久しぶりにケンスケに会った。戦自から
「第3新東京市敵性体襲来事件調査隊」の一員として来たそうだが、ア
スカが戻って来たことを聞いて少し嫌な顔をしていた。
「全く、碇も無茶するよ。いくらお前が普通じゃないからって……ま、
だからシンジなのか」
 シンジの取った行動を聞かせると、呆れたようにそう言っていた。

 こうして10年前とも3年前とも違う新たな日常が少しずつ変化を遂
げながら始まった。何気ない、ある一つのプロローグが。

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