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第5章 子供達、迷走

 ぼくは

 だれなんだろう

 わからない

 でも

 みんな

 ぼくのことを気にしてくれる

 ぼくには

 ぼくの仲間が

 たくさんいる。

 でも

 ぼくのことを気にしてくれるみんなは

 ぼくの仲間じゃない

 仲間じゃないのに

 心配してくれる

 ちょっと

 嬉しい

 仲間がいなくなった

 ぼく達は仲間をさがそうって決めた

 だって

 ぼくたちは仲間だもの

 でも

 ぼくたちが仲間をさがしはじめたとたん、

 たくさん仲間が消えちゃった

 いまでは

 ぼく一人

 淋しい

 仲間が

 増えた。

 でも

 ちょっと変

 ぼくが何を聞いても

 返事してくれない

 どうしてだろ?

 仲間なのに

 第8次中東戦争和平交渉成立、ロシアの核実験疑惑、第3新東京市を
巡る過去の黒い疑惑、イタリアの首相暗殺、モナコ公家の最後の正統者
の死去とフランス併合、チベットの宗教対立の激化、テキサスの研究所
の放射能漏れによる閉鎖。
 ショッキングな見出しが並ぶ新聞を、つまらなそうに読み終え、アス
カは、不用になった紙束をテーブルの上に放った。
 レイはもう出かけた。
 シンジも仕事に行った。
 アスカと言えば、講師の仕事は週1回、それも2か月後からときてい
るので、暇である。
 久しぶりの第3新東京市の街にでも買いものにでも出かけようかと、
自分の部屋に戻り、外出用の服に着替える。
 荷物は大学に届くようにしたので、まだ届いていない。
 仕方ないので3年前に残していったままの服達が並んで納められてい
るクローゼットを開く。
 ちょっと時代遅れな服たち。3年前に残していったそのままだ。だい
ぶ気を付けて保管しておいてくれたんだな、と見ただけで分かる。引っ
越しのとき、これだけの服を運ぶの大変だったろうに。
 そう思うと、少し目頭が熱くなった。
 だめだ、もっと素直に喜ばなきゃ。首を振って感傷的な気分を振り払
う。
 気を取り直して、少しサイズが大きかったと記憶しているものを身に
つけてみると、どれもこれも予想通り少しきつかった。だいぶ大きかっ
たと思っていた男物のスラックスに至っては、足が入らない始末だ。下
着だけは幾らか自分で持って来たので問題ないが、ここまでサイズが変
わっているとは……予想はしていたが。やっぱりだいぶハードな日々だ
ったという事か。
 なんのかんの言っても、足や腕が少しずつ太くなっているし、肩や胸
のあたりもきつい。
 最近好んで履いているのはジーンズだが、残していったものでは、お
そらく履けないだろう。足周りがあの頃とじゃ比べものにならない。二
人の心遣いには感謝するし、敬服するが、残念なことにほとんどのもの
を処分する必要がありそうだ。……ダイエットできる性質のものでもな
い。
 幸いにしてウエストだけはあまりサイズが変わっていないので、オー
ソドックスな、あまり時代に左右されないようなスカートを選ぶ。苦労
してシェイプアップしておいてよかったな、と思う。
 服が決まったので、次に髪にブラシをいれながら、今朝シンジに貰っ
たカードキーのパスワードを考える。
 だめだ。これじゃあバカシンジとあんまり変わらないや。
 そんな単純な言葉しか見つけられないほど舞い上がっている自分が、
とても愛しく思えた。シンジを好きでいられる自分が嬉しかった。
 ずっと、これを望んでたんだ。
 質素なライティングデスクの上の財布を取り、21の誕生日にシンジ
から貰ったお気に入りの、ちょっと古くなったハンドバッグにいれる。
新しいのを買おうかなとも思うが、これを手放したくはない。
 同時にバッグの中から愛用のファンデーションと口紅を取り出し、慣
れた手つきで薄く化粧をした。外の日射しが強いので、ファンデーショ
ンは必需品だ。
 出支度も殆ど整ったので。リビングに戻り……ちょっとした用があっ
たときについでに買っておいたTokyo3-Shopping Guide と言う名の本に
目を通す。
 めぼしい店の位置を一読しただけでほぼ完璧に覚えると、アスカはそ
の本を無造作にリビングのテーブルの上に置いた。こうしておけば、二
人が帰ってきたとき、ああ、ショッピングに行ったのか、と思ってくれ
るだろう。
 さて、とばかりに立ち上がり、忘れ物がないか確認しているうちに、
ふと新聞に目が止まった。
 テキサスの研究所の、放射能漏れによる閉鎖。
 そんな見出しが躍っていた。
 テキサス。
 研究所。
 放射能漏れ。
 3年の間にすっかり聞き慣れたキーワードが、芸術的に頭の中で再構
成される。
 何も邪魔するものがないというのに慌てて新聞を手に取り、穴が空く
ように改めて記事を見回して、事件のあった場所を確認する。
 NEU(Neo Earth University)のテキサス分校、遺伝子劣化研究所。
 ………………………………………………………………
 今度の日曜日、シンジを誘ってショッピングに連れて行ってもらおう。
 唐突にアスカはそう決意した。
 そうしておかないと、きっと。


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