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第2章 ハーモニー

「そんなこと言っても、アスカが黙ってどこかに消えたのが悪いんじゃ
ないか」
「……私の気持ちも、わからない程鈍感だったくせに」
 上体を起こしながらのシンジの言葉に、アスカは小さな、とても小さ
なつぶやきで応えた。シンジには、聞こえないような、小さな声で。シ
ンジの前では、私は、惣流・アスカ・ラングレーは、強気な女でなけれ
ばならない。そんな無意識の思いが、シンジに聞かせたかった言葉を、
小さく小さく封じた。
「あなたがもう少しいい男だったら、そんなことはしなかったわよ」
 さっきより少しだけ大きな、それでもシンジには届かぬ声で、つぶや
いた。
 もっとも、本当はそんな事関係なかった
 この3年間、シンジよりもずっといい男どもにいくら口説かれても、
本気にはならなかったし、なれなかった。ただ、彼らとの付き合いはシ
ンジを忘れるための手段でしかなかった。それも、全く効果のないやり
方。
「3年前、覚えてる?」
 今度こそ、目の前の男に届く声で。
 うなずくシンジ。
「あのときは、悪い事をしたと思ってる。でも……」
「世間の目……か。いつもそうやって人の目を気にするのね、あなたは。
 私達は、そんなことなんて望んでなかったのに」
 シンジの上着に手をかけながら、彼の耳元でつぶやいた。
 自分の頬が上気しているのがわかる。きっと、恥ずかしいくらい真っ
赤だろう。でも、その感覚が、うれしい。
 久しぶりの甘いひととき。待ち望んでいた一瞬。忘れようとして、で
も忘れきれなかった、心の平穏。
 いとおしげに耳たぶを噛み、少し男らしくなった胸をはだけさせてや
り、その体に舌を這わせ……一度も満足する事なく多くの男達に繰り返
した儀式が、今度ばかりはどうしようもなく愛おしい。気も狂わんばか
りに、アスカはその行為を繰り返した。
 ふうっ。
 甘いため息をつく。
 シンジがアスカの柔らかい髪を撫でると、全身に痺れるように想いが
広がった。
「……あの時までは、私もレイも、シンジが好きで、でも私達はそれで
よかった。あなたもそれでいいと思ってた。でも、あなたは、皆が1人
占めしたいと思うぐらいには、いい男だった」
 だった、じゃない。今も、そうだ。多分、シンジが何処かの女と一緒
にいるのを見たら、嫉妬に狂うだろう。少なくとも、私は今もそう。
 そんな想いのまま、シンジの瞳をのぞき込んだ。
 シンジは何も言わずアスカの体に手を回し、そのまま強く、抱きしめ
た。
 何にも代えられぬ、最高の愛撫。体ではなく、心を昂ぶらせる。互い
に愛し合うが故の、やり方。
 もう10年前の坊やじゃない。私を愛してくれる、一人の男だ。
 5年前だって、私達にとって最善の選択だった。あのとき、シンジが
衝動のままに動いていたら、きっと私達は後悔した。
 3年前だって、そう。悪いのは私。嫉妬して、思い詰めて、相談もせ
ず勝手に選択して、告げることもなしに勝手に出ていったのは、私。
 きっかけはシンジの一言かも知れないけれど、悪いのは勝手に逃げ出
した私。
「シンジ……」
 その名を呼ぶのすらも、愛おしい。それだけで、身も心も、満たされ
る。
 それが、体を重ねているとなれば。
 あうっ。
 アスカの口から、快楽の音が漏れる。
 シンジの声と共にそれはたまらなく愛しいハーモニーを響かせ、その
唱和が終幕を迎えるのに合わせるように、二人もまた、果てる。
 何度か荒い息をし、それが少しだけ収まった頃、アスカが口を開いた。
「奥様に内緒で、こんなことしていいの?」
 もちろんいいに、決まっている。それが10年前からの、私達3人の
ルール。
 3人だけの、ルール。


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