それは、凛とした美しさを誇り、夜の景色の中、立っていた。
性癖であろうか、よく暗く沈む私は、とぼとぼと道を歩いていた。
時は既に丑三つ刻。
春の日射しが温かい季節とはいえ、夜はやはり冷え込む。
しかも、その日は春だというのに雪がちらついたりと、特に寒い日だ
った。
そんな中、唐突に眼前に広がった光景は、私の季節観を更に狂わせた。
真白く化粧した木立ち。
雪の夜のように美しく白く輝くそれが桃色の花をつけた桜だと気付く
には、しばしの時を要した。
清冽なる、凛とした少女のような輝き。
美しいとは次元を異にしたその存在感。
圧倒。
いつの間にか涙が流れ、頬を濡らしていた。
つまらない絶望はどこかへ消え、私はその夜桜を見上げながら歩きだ
した。
部屋に戻り、上着を脱ぎ捨てると、桜の花びらが1枚舞いあがり、開
け放してあった窓からひらひらと飛び立った。
桜の終わりを見せつけられた私は、やがて来る夏へ淡い期待を抱きな
がら床についた