小猫は、無惨な骸をさらしていた。
決して大きな通りではないが、それなりに車通りのある道の片隅、車
達が無理に避けて通るその場所に、その子は横たわっていた。
ピクリとも動きはせぬし、苦しそうに息をつくでもない。
ただ、何もない安ら顔が、不幸でないとだけ、訴えているようだった。
酔った男は、おそらく意識が散慢だったのだろう、踏みつけた感触に、
ギョっとした。慌てて下を向くと、小猫がいた。
「おおう、こりゃすまん」
ろれつの回らぬ声で言うと、男は屈み込んだ。
「痛くなかったか?」
言って、触れた手が温かさを伝えぬことに気付くと、男はみるからに
不機嫌になった。
「なんでぇ、死んでるんなら、死んでるって言えや!」
男は小猫を蹴り飛ばすと、そんなものがあった事など綺麗さっぱり忘
れて、酔い加減の帰路に戻った。
放課後の下校路で、少年は傍らに落ちていた棒切れを手に取ると、丹
念に骸を突つきだした。
時折、車がクラクションを鳴らしながら通りすぎるが、夢中になって
いる少年は気付かないようで、自分の作業にだけ没頭している。
車の方としても、奇妙な行動を取っている少年に目を止めはするが、
よくある子供じみた行為だと、それ以上何も思わずに通りすぎていくら
しい。
そうこうしているうちに、少年は飽きたのだろう、棒を放り出して、
立ち上がった。
残された小猫は、相変わらず安ら顔だった。
少女は、その姿にいとおしさを感じた。
だからだろうか、その骸を抱き上げて、両手でそっと包み込んで――
涙すらした。
けれども、彼女の母親は少女の様子に気付き、とてもそっととは言え
ぬ声をかけた。
「小猫が、死んでるの」
少女が素直に応えると、若干潔癖な所のある母親は、ヒステリックに
声を上げ、少女の胸から亡躯をはたき落とした。
少女は寸瞬、抗議の言葉を投げたが――母親に逆らうことの意味を少
なからず知っていた彼女は、母親の剣幕の前に沈黙した。
母親に引かれながら帰路につく少女は、しかしいつまでも愛しみと謝
罪の視線を小猫に向けていた。
だが、小猫の方はと言えば、いつしかその視線が消えても、相変わら
ず安ら顔で横たわったままだった。
若者は、奇妙な手ごたえを感じた。
ゴリっというタイヤからの感触は、若者の操る車が何をしでかしたか
を告げていたが、どうせ犬か猫だろうと思って、構わずしたたかにアク
セルを踏み込んで、深夜の街を疾駆した。
小猫は安ら顔をたたえてはいなかった。代わりに、上半身を潰されて、
グロテスクな肉の塊を――本来の姿を晒していた。
投げ出された細い足は微動もせず。
ただ、笑ったような気が、した。
午前11時の鐘が鳴る頃、一台の車がやって来て、骸をゴミにして、
回収した。
小猫は、もう、いなかった。