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Glasses


 わたしは、数多のものに、くちづける。
 今宵もそうだ。
 今宵の相手と、わたしはくちづけた。彼女はこの夜だけでも、幾度もくちづけたようで――ひどく濁った目を、私に映していた。
 さすがに、わたしのはらんだ琥珀色には勝てなかったのだろう、彼女は途中で唇を放し、わたしとの逢瀬をひとたび中断した。
「いやなことでも、あったのかい?」
 気取った科白は、傍らから。彼女は、濁った瞳をいくらか鋭くして見やる。その男には、わたしも幾度かくちづけたことがある。この場所にひどく似合いの、男。
 けれど、彼女は気に入らなかったらしい。わたしを握り、投げつけた。わたしは宙を舞い、男に体当たりし、地に落ち、砕ける。わたしが抱きかかえていた琥珀は跳ね飛び、わたしはわたしたちになった。
 そんなわたしたちのひとつひとつが、涙に濡れた彼女の顔を、映す。