逃走
ある晴れた日曜日。
あーあ、ホントは加持さんと一緒だったら良かったのになあ。そんな
事を思いながら待ち合わせ場所へ向かうバスに乗り込む。
一応、昨日ちょっとだけ会ったから、面識がないわけじゃない。
ヒカリのお姉さんが言うには、悪い人じゃないそうだが、どうせ下心
で寄ってくるたぐいの男だろう。そんなのに、興味はない。ま、親友の
顔を立てると思って我慢しよう。どうせからかう相手も出かけてしまっ
ているから、家にいても暇なだけだし。
実際、シンジはちょっとつつくとすぐむきになって反応してくれるか
らとってもからかい甲斐がある。どうしてああお子様なのかしらね、と
思いながら微笑んでいるのにアスカは自分で気付かない。
駅の前、待ち合わせ場所で降りると、昨日初めて知り合った、年上の
男の子がもう待っていた。
レディを待たせないあたりはとりあえず及第点かな。
「お、おはよう」
挨拶する声がちょっとぎこちなく聞こえた。緊張しているのだろうか。
それはそれで、かわいいかもしれない。
「おはよう。待った?」
特大のネコをかぶって、いじらしく挨拶する。それに気を良くしたか、
相手は顔をほころばせた。
電車の中は、退屈だった。
色々と話しかけて来るのだが、どうも無理に話を続けよう、良い印象
を与えようという態度がみえみえで……一番嫌いなタイプだ。
どうしてこう男ってのは女のご機嫌とりしか考えないのだろう。その
点加持さんは……。
ふっと浮かんできた弱気な考えを、一気に払い退ける。そうよ、別に
ライバルがいるわけじゃないんだから、いつか絶対に振り向かせればい
いんだから。
遊園地、か。
そういえば、長いことそんなものと縁のない生活をしてたな。
チケット売場に並びながら、そんなことを考える。
やめよう。せっかくこういう所に来てるんだ、多少不満があっても、
楽しまなきゃ。
ミラーハウス、コーヒーカップ、フリーフォール、雰囲気のあるレス
トランでの食事。
食事しながら、子供みたいにはしゃいでる自分にふと気付いた。
そう、まるで子供みたいだ。
あんなに楽しかったのが嘘のように、腹だたしくなってきた。
どうして私はこんな所にいるんだろう。
どうして私はこんなことをしているんだろう。
少しは親しみを抱きはじめていた彼の顔すら、憎く思えて来た。
もちろん、そんなことはおくびにも出さず、今まで通りのデートを続
けた。見かけだけは。
後で乗ろうか、と話していたジェットコースターは、まだ少し混んで
いた。
待ち時間、他愛もない話をして過ごす。
その他愛のなさが、また憎らしかった。
「……何だか、喉乾いたなぁ」
ねだるように、言った。
「じゃあ、俺、何か買ってくるよ。待ってて」
言って、彼は列を抜けた。
「ふんっ」
その背中に向けた軽蔑するような小さな息は、あるいは自分を誤魔化
すためのものだったのかも知れない。
そのままゆっくりと列を抜け出した。
悪いかも、とは思わなかった。それほどまでに、子供っぽい自分が嫌
だった。
そうやって、アスカは逃げ出した。自分自身から。