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After 10 years APPEND 3
とある結婚に至るまでの一連の展開

 伊吹マヤ嬢が、プロポーズを受けたのはある六月の晴れた日のこ
とだった。
 相手は、2年ほど前に知り合ったNERVの関連施設で働く研究
員で、それなりのセンスとそれなりの才能を兼ね備えた人物だった。
 とりあえず、返事はしなかった。
 一生に関わることだからゆっくり考えて結論を出して欲しい、と
言われたのだ。だが、こうまで言われて断わるのは、よっぽど相手
が嫌いかよっぽど心に決めた人がいるかである。
 そして、彼女はどちらにも該当しない。
 むしろ彼に対しては好感を抱いていた。もっとも即答できるほど
の好感でもない。損得感情で考えれば、フィフティフィフティとい
うところか。
 とりあえず、誰かに相談してみようか、と思った。

 赤木リツコ博士は、不愉快だった。
 少なくとも30過ぎて未だ独身の彼女のところに結婚相談を持っ
てくるのは間違いだということに気付かないマヤ嬢が悪いと言えば、
悪い。
 だが、リツコはマヤにとって頼れる先輩であり、肉親が近くにい
ないがゆえに、相談するならまず彼女、という認識が彼女にはある。
リツコとしてもそれを知っているがためにそれを怒ることができな
いし、無碍に扱うこともできない。
「とりあえず、あなたの思うようにしなさい」
 仕方なく、そんなありきたりな返事で誤魔化した。
「あなたの人生なんだから」
 なんてもっともらしい答えなんだろう。そんな答えしかできない
自分が、妙に悲しかった。
 マヤは幾分残念そうな顔であったが、一応それで納得したらしい。
 ああ、これでもうこの話題は私には回ってこないわね、とリツコ
は安心した。

「……どう思います、葛城さん?」
「あのねえ、そんなことスーパーコンピューターに質問しないでく
れる?」
 HANNIBALのオペレータールーム。この時点ではまだシス
テムを起動したばかりで、ろくに仕事はしていないし、HANNI
BALという名称も決定していないので、仮称C=Mとされている
時点だ。
「赤木先輩は自分のことなんだから自分で決めなさいって言ってま
したけど、でも、簡単には決められないし……」
「あのねえ、私には結婚経験なんてないのよ。そんなのわかるわけ
ないじゃない」
「そんな、何かアドバイスだけでも」
「それこそ勝手にしなさい。あなたが決めるべきことだもの」
 多少怒った顔をモニターに出す。
「……はい……」
 それで、マヤももうこれ以上は無駄だと悟ったらしく、通常の仕
事に戻った。余計なことを考えてばかりで全くはかどりはしなかっ
たが。

「結婚するぅ? その、君がかい?」
 日向マコト一尉は、かなり驚いた顔で、聞き返した。
「違うわ、結婚を申し込まれただけ」
 オペレータールーム近くの休憩室。
 久々にばったり出会ったところで、(日向は既に作戦部長に昇進
しているので、オペレーター室にいる機会が少なくなったのだ)マ
ヤが例によって相談を持ちかけた。
 まさか、ここで少しは君のことを狙ってたなんて答えるわけには
いかないぞ。
 日向マコトの頭の中を、そんな思考がぐるぐる回り始めた。
「と、とりあえず、僕は、反対だね」
「どうして?」
「えと、その、今までの付き合いってのはあくまで友人としての付
き合いなんだろ? それだけじゃ結婚相手として適当かどうかわか
らないじゃないか」
「それも……そうね」
「だから、返事はとりあえず保留して、今までよりもうちょっと深
い付き合いをした方がいいと思うよ」
 しまった、と思った。答えはいつでもいいなんて言ってる男だ、
きっと結婚相手としては適任に違いない。これでは、自分でチャン
スを潰したも同然だ。
「……それに、他の人を選ぶチャンスもあると思うよ」
「他の人?」
「例えば、僕とか」
 意を決してその台詞を口にする。
 次の瞬間、マヤの口から漏れる小さな笑い。
「やあだ、もう、冗談がうまいんだから」
 終わった。日向マコトは、この瞬間、敗北を悟った。
 カケラほども本気にされてない。
「……あ、あはははははは」
 だから、ヤケになって笑った。
「うふふふふふふふ」
 つられて笑い出すマヤ。
 翌日、宿酔いで日向マコト一尉が遅刻したことを、付け加えてお
く。

「結婚? マヤさんが?」
 エヴァンゲリオン恒久凍結を間近に控えた残り少ないハーモニク
ステストの日、アスカはマヤの相談を受けた。
「どう思う、アスカは?」
「……そんなの知らないわよ。でも、いい人なんでしょ、その人。
鈍感でもないし、いいんじゃないかな、私は良く知らないけど、そ
ういうふうに言ってくれる人なら、私は大丈夫だと思うな、聞いて
る限りでは」
 シンジなんかとは違ってね。内心そう付け加えるアスカ。
 まったく、あいつってばいつまでもはっきりしないんだから。も
う少し優柔不断が直ってくれないと……どうなのだろう?
「あれ、アスカ、顔が赤いわよ?」
「なんでもないっ」
 言って、アスカは背を向けてスタスタと歩き出した。

「ふーん、結婚ね、いいかもね、祝福するよ」
 オペレータ室、暇な時間。背後の席の青葉シゲルに相談してみた。
「もう……まだ決めたわけじゃないんだから」
「じゃあ、決めたらどうだい。そんなに悩んでても、結論は出ない
さ。さっさと決めた方が、楽だと思うよ」
「それができればもうしてるわよ」
「ま、僕には関係ないことだけどね」
 フンフフンフン。
 いつも通り、ギターを弾く真似をしながら、彼は自分の世界に没
入した。
 もうこうなると、引き戻せない。
 それで、マヤもそれ以上話すのを諦めた。

「結婚か……いい話だと思うがね、私は」
 勢い余った伊吹マヤ嬢は、NERV司令を勤める冬月に相談して
みた。
「彼のことは伝え聞いているだけだが、なかなかよい青年らしいじ
ゃないか」
「御存知なんですか?」
「ああ。有能な人材だからね。関連組織などではなく、NERVそ
のもので働いて欲しい候補の一人だよ」
「そうなんですか……」
「私は、賛成するよ。まあ、最後は自分で決めたまえ」

 結果。
 その後3日悩んだ後(この間、彼女は出会う人出会う人全てに相
談を持ちかけ、2日目の午後には「今彼女に近付くと無差別に相談
される」と流布され、いささか敬遠された。仕事の関係で逃げるこ
とも出来なかったリツコとミサトは実に災難であったが)、彼女は
プロポーズを承諾した。
 ちなみに、その翌日、既に相手が準備し、承諾するなり渡された
婚約指輪をマヤ嬢がしているのを見た日向マコトが、ヤケ酒を煽り、
それに付き合わされた青葉シゲルともども遅刻したのは余談である。



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