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After 10 years APPEND 1
女の戦い(?)

 それは赤木リツコ博士がHANNIBALのメモリーバンクとハ
ードディスクをチェックしていたことから始まった。。
「?……なにこのディレクトリ。隠し属性? しかも名前もついて
ないし……外部からのリモートOSじゃ見つけられないわね、これ
じゃ。……ウィルスか何かじゃないでしょうねえ」
 ぼやきながら、ディレクトリの中に侵入する。
「え? 空っぽ……じゃないわ、隠し属性なのか……怪しいわね」
 様々なツールを自在に駆使し、出て来たのは数百個に及ぶ莫大な
データファイルの山。
 これはなんとしても調べなきゃ。そう決意したリツコは、とりあ
えずファイルの一覧表を作りはじめた。


「ミサト、これは何?」
 調べたファイルの一覧表をカメラに突きつけてリツコは画面の中
の彼女の顔を睨みつけた。
「……それ、ね。システム管理用のバックアップとか、私の個人的
な日記とか、めんどくさいから整理してないのよねぇ」
 もし彼女に肉体があったら冷汗をかいているだろうな、といわん
ばかりの声でミサトは答えた。感情が表に出てしまうようなシステ
ムにしておいて大正解だったわね、とリツコは内心満足した。
 もっとも、彼女が日記などつけるはずがないのは火を見るより明
らかなので、その時点でウソだとばれているが。
「嘘おっしゃい。これが何のデータだかはもう割れてるんですから
ね。まったく、最近時々急に処理が停止することが多いと思ったら」
「……あ、もうばれてたんだ」
 全く悪びれる様子もなく、ミサトが答えた。
「当然よ」
 その態度が気に入らないので、突っかかるように返事をした。
「でも、知ってるってことはぁ、見たんでしょ。まったく、リツコ
もスミにおけないんだからぁ、このこのっ」
 軽い。相変わらず軽い。
 だが、その軽さの使い方をしばしば間違えるのも、彼女らしいと
言えば、らしい。だが、そんなのはちっとも美徳ではなく、単にリ
ツコを憤慨させるだけだった。
「やめて頂戴。あなたとは違うわ。こんなもの自分だけでつくって
楽しんでるなんて、最低ね」
「なによぉ、そういうふうに私を設計したのはあなたでしょう?」
「少しは恥ずかしいと思わないの?」
「人間なら当然よ、そういったことを求めるのは」
 ここに至ってもまったくミサトの態度は変わっていなかった。そ
っちがその気ならば、こっちだって、いつになく感情をむき出しに
してリツコはミサトに
「……システム、止めるわよ」
 と脅しをかけた。
「やってご覧なさいよ。そうしたらあなた、人殺しよ」
「あなたみたいなのに有機ユニットをやられているわけにはいかな
いわ」
「何よ、最近男ができたからって調子に乗っちゃって」
「……それとこれとは話が別よっ!」
 その感情的なリツコの声に、ミサトは、内心やった、と思った。
「違わないわよ」
「違うわっ! それにあれはあなたと冬月司令にだまされただけで、
私は乗り気じゃないもの!」
「その割りには随分しおらしく受け答えしていたようじゃない。ま
さか、相手がエリートだからとか?」
「そんなんじゃないわっ!」
「じゃあ、どんなのよ? え?」
 すっかりリツコを自分のペースに乗せることに成功したミサトは、
調子に乗ってそんな質問をした。
 ところが、リツコがそこで黙りこくってしまった。
 てっきり戸惑いを露わにした返事が来ると思っていたミサトは、
逆に当惑した。
 見ると、リツコの目の端に涙。
 え? え?
 とか思っていると、リツコが寂しげに話しはじめた。
「……そうよ……私だって寂しいのよ……あの人はいい人だし……」
 しおらしくそんなことを言いはじめたリツコに、ミサトは完全に
混乱した。
「リ、リツコどうしたのよ、あ、ご、ごめん、私が言いすぎたわ。
謝るから、だから、ほら、ね」
 ニヤッ。
「あ、ほら、隠しごとしてたのも悪かったわ、正直に話すから、ね、
ほら」
「本当ね?」
 急に普段の態度に戻ってリツコはミサトを睨みつけた。
「白状するわね?」
「あ……だましたわね!」
 ようやくおわかり、と言わんばかりにリツコはキーボードを叩い
た。
「言質は取ってあるわ。システムから干渉されたくなかったら、素
直に白状なさい」
 ミサトは悔しがったが、だまされたあとでは仕方なかった。
 結局、ファイルの正体、加持の人格を模したミサト専用の欲求不
満解消用ソフトのことは見事露見され、それはミサトに対する「ア
メ」としてしっかりリツコの手に握られてしまった。
 かくて、不毛なる戦いは終結を迎えたのだった。


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