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破門王烈伝 巻の参 無類帝戦役の段

       其の参 無双王阻止戦

 アローメガ諸国連合軍の敗走は、困難を究めた。
 極西ラファーム帝国の新皇帝、ファル=ルドゥス率いる極西ラファー
ム帝国軍は、巧みな戦術を駆使して、じわじわとアローメガ連合軍を削
っていった。
 その気になれば、極西ラファーム帝国軍がアローメガ連合軍全軍を葬
るは容易であろう。それをしないのは、アローメガ軍を敗走させるため
だ。
 軍勢が生き残って帰ってくれば、迎え入れるために防衛線を緩めねば
ならぬ。緩まったところで極西ラファーム帝国軍が突入すれば、容易に
防衛線を突破、そのままアローメガ教圏はラファーム教徒に蹂躙される
というわけだ。
 もしも、アローメガ陣営が軍事的結果だけを求めるならば、敗走する
軍を見捨てて守りを固めればいいのだが。
 しかし、各国の国王たちが軍を率いている以上、留守役達にその決断
ができるはずもない。
 ローガン1世の駒でこの状況を打破し得るのは、1つだけだった。
 彼は、その唯一の駒――即ち、アルフレド・ローガン――を、ローガ
ニアへ急ぎ帰還させ、対策を練るようとだけ命じた。
 アルフレドは苦い顔をしながらも承知し、単身ローガニアへと帰還し
た。


 ローガン1世がアルフレドを帰投させてより5日。
 アローメガ諸国連合軍は、遂にニナード山脈の麓に到達した。
 あとは、ローガニア王国領であるメゥクレド盆地(『メゥクレド』は
「踏み分け」の意)を抜ければ、エルマウスト(「神に賜りし平原」の
意)にたどりつく。
 故にであろう、アローメガ軍全体に、安堵とそれに伴う戦意の喪失と
が広がっていた。
 もしも今、極西ラファーム帝国軍が攻撃をかけてくれば、ひとたまり
もないだろう。
 ローガン1世は苦々しげにつぶやいた。
「一番ヤバいのはこれからだってのに……愚劣王の名は伊達じゃないっ
てわけか」
 せめて訓戒の一つでもして気を引き締めてくれればよいのだが。
「そろそろ動かんと、まずいか」
 彼は大剣を背の鞘から引き抜くと、愛馬にまたがる。
 馬に軽く蹴りを入れ、いつものごとく手綱もつけずに愛馬を御して駆
け出そうとするローガン1世。だが、その一連の動作は唐突に止まり、
駆け出そうとした馬は出鼻をくじかれたように静止した。
 理由は、神聖西十字星騎士団長ベルガード・マギンの姿があったこと
だ。
 ゆっくりと歩み寄ってきた彼は、しばしの沈黙を置いてから、馬上の
破門王に問うた。
「陛下、どこへ行かれるつもりかな?」
 ちらと視線を向け――すぐにそれを地平戦に戻して仏頂面で答えるロ
ーガン。
「時間を稼いで来る」
 その態度に不愉快そうな顔一つせずに、騎士団長は言った。
「ローガニアばかりが割を喰う事はあるまい。我々も、手伝おう」
「心遣い、感謝する。だが、西十字騎士団にまで壊滅されたら、エルマ
ウストのどこにもまともな軍がいなくなってしまうぞ?」
 顔だけを若き騎士団長に向けると、酷く真剣にローガンは答えた。
 だが、騎士は、承知の上といった顔をした。
「そのエルマウストが異教徒に蹂躙されては意味が無い。それに、貴殿
のやりたい事は息子殿から聞いているよ」
 愉しげに言うと、ベルガードは有無を言わさず号令をかけた。
「西十字騎士団は、予定通りローガン1世に従え!」
 その号令を聴いたローガンは、嬉しいとも苦いともつかぬ笑みを浮か
べた。
「……相変わらず、いけすかん息子だ。俺に内緒でいろんな事をしやが
る」


 メゥクレド盆地越えを始めたアローメガ連合軍に襲いかかるべく、進
軍を開始した極西ラファーム帝国軍に立ちはだかったのは、わずか二百
騎ほどの軍勢だった。
 ただし、それは最も屈強なる二百騎である。
 白銀に染められ、赤い一条の鮮やかな鎧。およそ百五十騎
 逆に何もかもが不統一で、あるいは騎馬盗賊の一団を思わせる屈強な
る傭兵団。およそ五十騎。
 その2つの小軍――西十字騎士団と荒くれ獅子騎兵団――が大軍に匹
敵する戦力である事は既に極西ラファーム帝国軍の一兵卒も知るところ
である。
 ゆえに、帝国の全軍が恐怖した。
 ただ、その長たる皇帝を除いては。
「構うな。前進を続けろ」
 彼らの出現の報を受けた皇帝の言葉である。
「しかし、奴らが突撃して来るとなれば――並大抵の被害では済みませ
ぬぞ!」
「させればよい。構わず進軍しろ。奴等とて永遠に戦えるわけではある
まい?」
 配下の進言に応えた皇帝の顔には、勝利の確信が容易に見取れた。
「進軍しろ」
 改めて言うと、皇帝は馬に乗り、待ち遠しそうに視線を向ける。
 一方、その視線の遥かに陣を構えるローガン1世は、一度は静止した
敵が再び動き出すのを見て、苦々しくつぶやいた。
「止まっただけでもよしとするか」
 抜身で持っていた大剣を背にした鞘に収めると、ローガンは愛馬を翻
し、敵軍に背を向けてから号令した。
「引くぞ」
 と。
「……これでよいのか?」
 訊ねるベルガードに、
「アルフレドの見込みより兵を減らすわけにはいかんのでな」
 と答えると、ローガンは構わずゆっくりと馬を進めた。
 騎士団長はしばし困ったような顔をすると、ため息をついてから、ロ
ーガンに従った。


 その僅かな足止めが功を奏した。
 アルフレドの連絡を受けた幾人かの諸候が、その日の進軍を予定より
僅かに早く開始する事を進言したためである。
 一刻も早い帰還を待望していた無能王もその進言には耳を傾けたので、
ローガン1世率いる一同がローガニア城に着いたときには、既にアロー
メガ諸国連合軍はローガニア城を抜けた後だった。
 さて、ローガニア城はリヴェデ峡谷のメゥクレド盆地側の出口を塞ぐ
ような形で造られた城である。
 とは言え、元からここにあったわけではなく、かつては峡谷のラファ
ーム教圏側にあったのだが、かの「九騎突攻」の折に昔からの城は自ら
爆破するに至った。結果、再建された場所が「リヴェデの大門」などで
有名な『ローガニア城』となるのである。
 その居城に久方ぶりに戻って来た主を、アルフレドは大門で出迎えた。
 疲れもあまりない様子の父に、事も無げにアルフレドは告げた。
「敵の先陣が着くまであと8メリト(1メリトは約2分半)ってとこで
すか。篭城するのに6メリトと8メリトとじゃ時間の余裕が全然違いま
すからね」
 その言葉に、ローガン1世は息子を「正気か?」といった風情で見つ
めた。
「篭城ってのは、援軍の見込みがあるからするもんだろ?」
 だが、アルフレドは平然と答える。
「そうですよ。そうでなきゃ篭城なんてしません」
「あんな大敗を喫した直後で、そんな援軍を出す余裕がどこの軍にある
んだ! 第一隣国のベギンに至っては今のうちの兵力でも攻め落とせる
ぐらいに疲幣してるんだぞ!」
 そんな簡単なことが分からぬこいつではないはずが、と思いながら、
ローガン1世は怒鳴った。
「……とりあえず、時間がありません。中へ」
 応じてアルフレドが向けた眼光は、あまりに鋭い。
 それは、ローガン1世が
「入ってから説明しろ」
 とだけ言って、逃れるように視線を外すほどのものであった。
 無言のままローガンは馬を進め、騎兵達もそれに続いた。数も少ない
ので、すぐに収容は終わり、アルフレドは閉門を命じた。
 何人かの兵が作業を始めるのを横目に、ローガンは改めて訊ねた。
「何故篭城なんだ?」
 アルフレドは振り向くと、己より長身の王を見上げ、答えた。
「負けられないからですよ。……篭城がうまくいけば、ローガニアが負
けることはありませんから」
「篭城に使える兵力がどれだけある? うちの兵力はせいぜいが三百、
かき集めても五百が精いっぱいだぞ」
「篭城に必要なのは兵力じゃありませんよ。高い志気と、強固な城。そ
れさえあればなんとかなります」
「だが、物量作戦に出られたらどうする? 少なくとも敵は2万は越え
ているんだぞ」
「他の城なら確かにそうです。でも、ここはローガニア城ですよ。ニナ
ード山脈に僅かに開いた道を塞いでいるんです、敵は正面からしか攻め
られません。来る方向が分かっていれば、篭城なんて楽勝ですよ」
 答えて、アルフレドは微笑んだ。
 将としての絶対の自信に裏付けされたその笑みは、ローガンの戦慄を
引き起こした。
 後にこのときのアルフレドを回想して、破門王は言ったという。
「あいつに体格があれば、俺の名など『アルフレドの父』としてしか残
らんだろうよ」
 アルフレドの身長は14レクメト(約170cm)程度であったらし
い。
 これは、ローガン1世の16レクメト(約190cm)に比しては勿
論のこと、一般的な平均身長が14半レクメト(約175cm)であっ
たことを考えると、十分に小さいと言えよう。
 しかも、戦士とは一般に体格の良い者、即ち背の大きい者がなるのが
普通である。戦士の平均身長は15レクメトから15半レクメト(約1
80cm〜185cm)、様々な資料を当たってみても、アルフレドは
特に小さい方だと言える。
 体格は戦士にとって、もっとも重要な要素である。
 体格が大きければ得物の届く範囲も広がり、大きく振り回すことによ
る威力の増大も馬鹿にならない。小柄で機敏なことは、体格が大きい事
による間合いの広さに対抗し得る要素ではあるが、勝てる要素ではない
のだ。
 であるのに、アルフレドはローガン1世の最大の重臣として重用され
ていた。
 それも、戦略・政略での働きででなく、剣での働きでも重臣たるに十
分との記録がある。
「息子でなければ、報碌だけでローガニアは破産だな」
 これもまた、破門王の言だ。
 当時、アルフレドと同程度の戦略・政略の持ち主としては晩年の天衝
王の軍師『天の支え手』ライヴェルが、剣功の持ち主としてはベルガー
ド・マギンが挙げられるか。
 この二人の碌を合わせた額は、ほぼローガニアの国家予算と匹敵する。
 しかもかの『政戦論』に、「能力が倍なら碌は4倍」と明言されてい
る。
 もしもアルフレドにまともに碌を払っていれば、ローガニアどころか
アローメガ教圏のいずれの国も屋台骨が傾いた事であろう。
 その彼が、自信を持って篭城を勧めているのだ。それも、至って正気
で。
 まだ歴史に残るような戦果は数えるほどしか挙げていないが、その度
に息子の才を思い知らされてきたローガンである。しかも、他に手があ
るかと問われれば、ないとしか答えられぬ。
「本当に楽勝なんだろうな?」
 最後の一抹の疑念を乗せて、ローガンは息子に問うた。
 アルフレドは、今度は本当に微笑むと、
「荒くれ獅子騎兵団がありますからね。峡谷の狭さなら、広いところで
100人並ぶの精一杯でしょう。適当に砦でも作って、そこで待ちうけ
れば弓兵も役に立ちませんから。ま、神宝でも持ち出されない限りは勝
てますよ」
 気楽な調子でそう答えた。
「砦を作るって……今からじゃ間にあわんぞ」
 ローガンが更に疑念を向け直しても。
「間に合いますよ。峡谷を塞いじゃえばいいんです。そろそろ準備は出
来たはずですから」
 と、平然としたものだ。
 その自信の理由は、直後に知れる事となった。
 轟音――いや、爆音と言うべきか。
「土砂崩れ!?」
 その音を聞きつけたローガンは叫んだのだが、アルフレドは何事もな
く言った。
「あ、準備できたみたいです。第1の砦、完成です」
 一瞬、当惑の表情をするローガン1世。
 けれど、すぐにアルフレドの思惑に至り――呆れた。
「峡谷を爆破して塞ぐとは――1歩間違えばこの城まで埋まるぞ」
「ニナード山脈はそんなにヤワじゃありません。学者はみんな大丈夫だ
って言いましたよ」
 しれっと答えると、アルフレドはにっこりと笑った。


 峡谷を崩したのに巻き込まれて戦力外となった敵兵はおよそ2000。
 敵の全兵力の1割もが戦いの前に削れたのだ。
 しかも、先頭の500ばかりは落石に塞がれた峡谷のローガニア城側
にいたため、荒くれ獅子騎兵団と西十字星騎士団の前にあっさりと屈し
た。
 初戦にもなる前に敵の1割5分を削ったという戦果に、家臣は勿論、
知らせを聞いたアローメガ諸国の者達も驚嘆したと言う。
 だが、アルフレドの危惧はそんな所にはなかった。
「これであの崩れた向こうで何をされても手が出せなくなりました。も
しも向こうに5年がかりでここと同程度の城を作られたら――交易で持
っているローガニアです、国が破産するでしょう」
 決して冗談めかしていない、至って本気の言葉である。
 ちなみに余談だが、この言葉は『国が破産』という言葉を最初に使っ
た例としても有名である。
 それでも、アルフレドは想い描いていた戦術案を、地図の上で説明し
てみせた。
 崩した地点のすぐ側に、そこそこの大きさの砦を作る。
 砦に必要な石材は、城のすぐ前の地面を露天掘りして切り出す。ニナ
ード山脈は、岩盤からなる山脈なので、良い石が切り出せるはずだそう
だ。
 しかも、石を切りだした後はそこが堀になる。たとえ崩した地点を越
えてきても、砦と堀の2つの防御地形が新たに出来たとなれば、崩すの
は用意ではないはず。それに加え、荒くれ獅子騎兵団とローガニア城、
この4重の守りをもってすれば、2年や3年保たせることも可能だとい
うのがアルフレドの読みである。
「2年も3年もあの大軍を維持するのは、士気の点から見ると不可能で
す。かといって、交代用の軍を用意して、士気を保とうとしても、今度
は食糧の供給の問題が生じます。半年も篭もっていれば、敵も気付いて
撤退してくれると思いますよ」
 作戦会議で自身の展望を述べたアルフレドは、しかしその夜、ローガ
ン1世にこうもらした。
「ですが、僕の目論見が全て見抜かれて、一度早々に軍を引かれてしま
ったら、負けるかもしれません」
 アルフレドは、アローメガ諸国には追撃の力無しと判断した敵が、一
度本国へ引き返し、十分な攻城の用意をしてくれば、たとえ鉄壁となっ
たローガニア城とて、いずれは落ちるだろう、と説明した。
「敵はあくまで追撃軍で、攻城を目的とした軍ではないのが狙い目なん
です。普通の将なら、士気の高いうちに一気に攻め落としたくなるもの
ですから」
「要は、相手がこっちをどうしても今攻めたければいいんだろ?」
 アルフレドの説明を聞き終えたローガンは、何気もなしに言った。
「そりゃ、そうですけど……無駄な戦いをさせるわけには」
「なに、任せておけ」
 言って、ローガン1世は豪快に笑った。
 その後、王の私室を出たアルフレドは、城門の衛兵に、「陛下だけは
どうあっても外に出すな」と命じたのだが。


 だがしかし、そんな事で引き下がるローガン1世ではない。
 翌朝、朝食の場に現れなかった父に不審を抱いたアルフレドが調べさ
せると、城内のどこにもいない。慌てて聞き込み回っても、誰も目撃者
がいない。
 しかし、荒くれ獅子騎兵団の面々は、
「ま、うちの大将のことだから、そのうち戻ってくるだろう」
 と、国王不在にも全く動じることなく、国民やその他の兵にしても、
王妃であるメルファラの、
「あの人だったら、殺しても死にませんよ」
 という気楽な言葉にうなずいて、誰も騒ぎもしなかった。
 結局、心配したり噴怒したりしているのは、アルフレド一人だけとい
う有り様である。
「あの人だから心配なんです! どこまでも無茶するから!」
 母親のメルファラの言葉を聞いたアルフレドの叫びは、確かに真実で
あるが。
「どこまでも無茶をしても帰ってくるからあの人なの」
 というメルファラの返す言葉もまた真実である。
 とは言え、体格がないからこそ技量を鍛え、それでも足りぬから知恵
と知識を総動員する、いわば「人間のままで偉大」たる素質を秘めたア
ルフレドと、天賦の才と体格に恵まれ、修羅場を抜ける事で技量と勘と
を鍛え上げてきた、「人間を越えて偉大」であるローガンである。
 全く質が違うのだから、ある意味では互いは最も理解しがたい存在と
なる。
 そして、この場合はその「ある意味」にしっかりと乗かっていた。
 それでも、せいぜいその日の気まぐれ程度に思っていたから、アルフ
レドは何とか辛抱した。
 だが、2日、3日経っても帰らぬ父に、アルフレドは次第に怒りを燃
やした。
 頂点に達したのは、5日目である。
 とはいえ、父の留守を当然ながら守る事になる身、動揺を見せるわけ
にも行かぬ。冷静な態度のままで指揮を取り、砦の建設を行わせていた。
 だが、その5日目は冷静を保つにもそうは行かなかった。
 峡谷の崩れた向こう側から上がった狼煙が悪い。
 それに最初に気付いたのは、他ならぬアルフレドであったが――その
内容を読んでアルフレドは激怒した。
 当然だろう。行方不明と思っていた父が突然狼煙で連絡してきて、し
かも内容が『これからまっすぐ帰る』ときたものだ。
 しかし、兵達の士気を考えると、何としてでもローガン1世は生かし
て帰さねばならぬ。では、ローガン1世が帰還するのに邪魔なものとは
何か。
 まっすぐ帰ると言っているのだ、当然邪魔なのは極西ラファーム帝国
追撃軍である。
 父と追撃軍の戦力比、1対1万7千。
 剛勇無双とは言え、勝てるわけがない。
 確かにこれでまっすぐ帰ってくる事が出来れば、面子を潰された敵軍
は、引き下がるわけには行かなくなる。特に、ローガニアはアローメガ
教圏とラファーマー教圏との交易の中心となる場所、その地で負けたと
あれば、商人伝いにあっという間に噂は広まる。皇帝自ら軍を率いてい
る以上、撤退は全滅以下の負けになる可能性を秘めているのだ。
「ええい、しかたない!」
 怒りを隠しもせずに、アルフレドは部下を呼びつけ、命じた。
「峡谷を塞いでいる崩れた後の頂頭部を、攻城兵器で狙い射て」と。
 要は、峡谷をもう一度崩して向こう側にも被害を与えようと言う作戦
だ。
 しかし、これはアルフレドの考えた4重の守りを崩す作戦、下手をす
ればこちら側に崩れてきた土砂で、砦はおろか堀、さらには高い城壁の
意味も消失する可能性がある。
 もちろん、そこまで酷く崩れたときには敗北必至である。
「馬鹿親父め――帰ってきたら、絶対に赦さん!」
 部下を下がらせた後のアルフレドの居室に、そんな叫びが響いた。


 では、肝心のローガン1世はどのような事をしていたのか。
 彼の行動は、アルフレドの想像以上の出鱈目さを誇っていた。
 誰にも越える事の出来ぬはずのニナード山脈を単身突破し、後方から
送られてきた帝国の物資補給隊を襲撃したのだ。
 彼の読みはこうである。
 これまでの戦いぶりからして、皇帝がローガニア城攻めの事を考えな
いはずがない。となれば、どこかで必ず食糧の補給が行われる。今まで
の敵方にそのような動きはなかったから、近いうちに行われるはずだ。
 通常の軍が持てる糧食の数はせいぜいが60日分、長期戦となれば1
0日分程度の食糧を継続して送り続けねばならない。
 アローメガ軍の敗走の間はずっと進軍せねばならず、しかも敵の兵の
損害は少ないから食糧もぎりぎりだったはずだ。
 しかも、極西ラファームの地は砂漠地帯の多い不毛の地、余分な食糧
などあるはずもない。計算上ぎりぎりの線で食糧を補給するはずだ。そ
の食糧補給を叩けば、敵は食糧が残っているうちに攻勢に出るか、或い
は撤退しかなくなる。
 どちらの行動に出られてもローガニアにとっては好結果に終わるのな
ら、やらない手はない。
 もちろん、この食糧供給の妨害はアルフレドも考えたところである。
 しかし、現実としては峡谷以外の道はなく、そこには敵軍が居座って
いるのだから、まず無理だ。よって、最初に棄却された案なのだが。
 それを、ローガン1世は要は自らの並外れた身体能力でやってのけて
しまったのである。
 敵の妨害などない、と考えていたのは帝国も同様で、賊の襲撃に備え
てのわずか100人程度の、錬度も低い衛兵しか用意していなかったの
が失敗である。
 そこに突如あのローガンが登場となれば、なす術もない。
 あっという間に降伏し、食糧補給隊を率いたローガン1世は、その食
糧補給隊を敢えて敵軍の近くまで進ませた。
 そして、食糧補給隊の接近に喜ぶ敵の前で、それを燃やして狼煙を上
げ……挙げ句の果てに、燃やし尽くしたのだ。
 当然、その煙の量は、尋常ではない。
 それほど大量の煙を見て、アルフレドはようやく父の考えに至り。
 更に激怒した。
「……母上、後で、『どうして心配かけたの』って言って、本気で泣き
ついてやってください」
 父が、妻にだけは頭が上がらぬのを知っているアルフレドは、怒りの
形相を堪えて言い残すと、攻城兵器隊の指揮を取るために城外へ出た。
 一方、ローガン1世は。
「食い物が無くなっちまったが、どうする? 今帰るなら見逃してやる
ぜ!」
 という伝言を、食糧補給隊の一人に持たせて皇帝の元へよこした。
 彼を何とか出来るほどの大軍を送れば、逃げられてしまうのは間違い
ない。
 どうせそんな無駄な軍を動かすのなら、お互い何もせずに引き下がる
のが得ではないか、というのがローガン1世の提案だった。
「だが、1対1万7千の取引とは!」
 煮湯を飲まされたような思いに、皇帝は吠えた。
 けれど、その数の圧倒的な差が敗因になるのだ。
 大量の軍を支えるための大量の食糧。
 それがないとなれば。
 だが、いかなる犠牲を払っても構わぬのなら、ローガニア城を落とせ
ぬ事はない。
 それが皇帝の決断を鈍らせていたが、そのときである。
 アルフレドの用意させた攻城兵器が土砂の一部を崩し、轟音が響いた。
 数刻後、何十人かの兵を巻き込んだとの報告が届くに至って、皇帝は
決断した。


 こうして、無類帝戦役はあっけない終幕を迎える事になった。
 ちなみに、当時一般には「峡谷で起こった土砂崩れは偶然である」と
伝えられた。この誤った噂は、無類帝に、「いままでのやり方ではロー
ガニアを落とすのは不可能である」と悟らせないためのアルフレドの策
であったと言う。
 しかしながら、無類帝からすれば、自分が負けた最大の要因はローガ
ン1世ただ一人の武勲であり、その息子の事など眼中になかったことが
いくつかの記録から推察される。


 さて、この戦いの後日談として、幾つかのことが史料に見受けられる。
 まず、アルフレドの考えた城前の砦であるが、これは半年をかけて予
定より堅牢に造られ、ローガニア城の守りの拠点として重用されること
となった。
 次に、この短期間の「籠城」に協力した西十字星騎士団であるが、ロ
ーガニア城下に分所を設置、特に有望な騎士や見習い達が、荒くれ獅子
騎兵団との稽古のために派遣されるいわば「道場」の役を果たすことと
なった。この「道場」は、西十字星騎士団の練度向上ばかりでなく、後
にアルフレドが正式な国家としての騎士団編成を行った時の助けともな
り、以後長い期間に渡ってローガニアと西十字星騎士団は協力関係を持
ったようである。
 最後に、「まっすぐ帰って来た」後のローガン1世について。
 メルファラは、確かにアルフレドに言われたように言ったが、その時
のローガンの慌てよう、普段の傍若無人ぶりからは想像も出来ぬような
ものだったとのことだ。

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