ゲザックは十数度目の戦の前夜を楽しんでいた。いつ死が訪れるか全
く予測がつかぬ緊張感を純粋に喜びとして。
自分の命を賭してこそ得られるその感覚。
もう残された命もそうはないだろう。この戦いの後、もって十年。そ
の間を安穏と過ごすのに十分すぎる程の金もある。当然だろう。命闘士
の中でも特に長き命を与えられたゲザックは、その命を惜しむことなく
削ってきたのだから。そうしてまで得た強さ。結果、残された寿命は百
年ほどか。
だがそれとても、この劣勢な戦に勝つためならばに惜しげもなくつぎ
込むつもりだ。
或いは命闘士になどならなければ、人生の終焉の頃には未曾有の名匠
と呼ばれるほどの刀鍛冶になれたものを。
しかし、わずか二十五年の人生に、ゲザックは満足していた。疾く熱
く駆け抜けた、戦場での十年間。それ以前など、自分にはなかったよう
に思われる。それほどまでに自分を燃やせた時間。天より与えられた寿
命をただ呆然と全うなどするよりは、全身全霊を燃やしたこの五年間の
ほうが、ずっといい。五百年も生きても、退屈なだけだ。
「飲むかい?」
焚火にあたりながら自らの拳を見つめていたゲザックに、後ろから声
がかかった。振り向くと、ゴブレットに熱い珈琲をいれ、ゲザックに差
し出す若い戦士が一人。
「いただこう」
若者の真っ直ぐな目が、気に入った。だから、既に老齢を思わせる顔
を向けて、うなずいた。
二人は、周囲にいる誰もと同じように、何も言わずに同じ火にあたり
ながらそれぞれのゴブレットの中身を少しずつ飲み込んでいく。喉を通
る感覚が、「生きて」いることを実感させる。
すぐ側に、死の手が迫っているというのに。
「……もう、何度も戦場を抜けてきたんだろう、命闘士さん」
死の不安を振り払うために、若者は声を絞りだした。おそらくは自分
とそう年齢が変わらないはずの命闘士に、尊敬のまなざしを向けながら。
「ああ。お前は初陣か?」
「そう……親父がどうして俺達を――家族をを捨ててまで戦いの中に身
を置いたか、それが知りたくってね」
言って、若者は腰の得物を抜いた。本当の鉄で出来た、名匠の逸品。
おそらく、遥かな過去からこの世界にあり続けた、無銘ながらも『本当
の』剣。
これまでの十年間の戦場でも滅多にお目にかかった事のない輝きだっ
た。くすんだ鉄の奥からにじみ出る圧迫感は、ゲザックの拳を無意識に
固めさせる程だった。
「……いい剣だ。それだけのものを持っていればすぐにわかるようにな
る。お前の父が何故家族を捨ててまでして戦いに生きたのかが」
そうでなければ、剣から見捨てられる事になる。この世界で剣を持つ
ものの定めだ。もっとも、その時は命を失う事になるだろう。
「父さんは、剣を継ぐ者の宿命だって言ってた。剣を継ぐ者の宿命って、
どんなものなんだろう」
戦に出る直前の男のものではない、まるっきり少年の声が、ゲザック
の耳に違和感を残した。
「……違うな、多分。それは、宿命などでは、ない、はずだ」
己が言葉は、本当のことなのだろうか。
剣を継ぐ者の、宿命……ならば剣ではなく拳をもって戦う私は異端だ
ということか。
思いがけず出会った一振りの「本当の剣」が、初めてゲザックに戦う
ことへの迷いを与えた。
拳を、自らの命の炎を武器に、戦い駆け抜けよう。そう願った自分が、
若者の持つ一振りの剣に、魅了された。
やはり、この大地に生きる者は、剣に惹かれる宿命なのか。
「明日は、早いぞ」
そんな科白を言って背中を向けることで、剣へ惹かれる自分を誤魔か
す。何かに、見透かされているような、そんな感覚。
野営用天幕の一角、ゲザックの為の場所に横たわるその瞬間まで、自
分の拳が、ひどく重たかった。
開戦を告げるラッパの音が荒野に響く。
ゲザックの姿は前線にはない。
命闘士は戦術的な視点からすれば切り札としての要素が強い存在だ。
一人で数十人、数百人を相手にして退かぬその力からすれば、当然では
あるが。
命闘士を投入することによって、陣形の弱点補強や補給時間の確保と
いった、戦線維持の為の理想的な仕事を任せることができる。命闘士に
対抗し得るのは、殆どの軍においてはよほど名うての騎士か、或いは同
じ命闘士ぐらいのもの。
故に、命闘士が戦いの最初から前線に置かれることは滅多にない。多
くの場合、開戦から1〜2時間経過した後の、いわば大勢が傾き始める
頃に、その立て直し、もしくはだめ押しの為に投入される。
命闘士の投入のタイミングというものは戦の行方に大きく影響する。
中には、わずか5分の命闘士投入の遅れから、敗北を喫することとなっ
た「必勝」のはずの戦いすらあったという。
歴史を辿れば、一人の命闘士のために、戦略レベルにまで影響が及び、
それを発端として、無敵を誇った大帝国が崩壊を始めた、という例がい
くつかあるとする学者達もいる。もちろんそういった例はこの戦乱絶え
ぬ世界からみれば希なことだが、それでも可能性は常に付きまとう。
そういった戦術的・戦略的優位性故に、多くの将は命闘士を本陣近く
に置きたがる。
多分にもれず、ゲザックは切り札中の切り札、十数度の戦を生き抜い
た優秀なる命闘士として本陣のすぐ側で待機していた。そこにいる命闘
士の中では、もっとも刻まれた皺の数が多い。
とは言え、それが彼が一番老齢であるということではない。どれだけ
命を削ってきたか、それだけが命闘士の顔に皺を刻むのだ。
現に、この場にはゲザックの倍近く生きていながら、見かけの年齢は
半分以下という輩も存在する。
もっとも、ゲザックの場合が特別だという話もある。
力を究めんとする者達、というのが命闘士に与えられる一般的な世間
からの評価だが、これは決してそうではない。
多くの者達は力を求めはするものの、それは戦い終わった後の百年か
二百年かの余生のための資金を稼ぐのが目的であり、であるからこそ自
らの寿命を百年近くも削るのだ。
もちろん、一般の社会にも特異な人間がいるように、命闘士の中にも
「規格外」が存在する。例えばゲザックのような、力をひたすらに求め
る者達がそうだ。彼らはひたすらに力を求め、であるが故により過酷な
戦場に身を置く。その戦いの人生の終淵には、莫大な財産と、生気の抜
け切ったボロボロの体が残る。そうして残された十年だか二十年だかを、
莫大な財産を使い潰しながら生きるのだ。
もう戦いが始まってから2時間は経ったろうか。まだお呼びはかから
ない。
これまでもしばしばそういうことはあったから、特に戦場に出て行き
たくてうずうずしているということもない。しかし、できるものなら過
酷な戦場に出ていき、残る命の全てを賭けたいものだ、と指令官や一般
兵から見ればとんでもないことを考えていた。過酷な戦場とは多くの場
合負け戦によってもたらされるものであるからだ。
もっとも、命闘士にそういった点での「正常な思考」を求める者はま
ずいない。指令官からすれば、彼らは期待通りの働きさえしてくれれば
いいし、一般兵から見れば、多くの場合彼らの投入は自分が生き延びる
可能性が増えることなのである。
出陣を待ち望むゲザックは、ふと、多くの剣戟の響いてくる方角に目
を向けた。
そこでは、多くの戦士が剣に命をかけている、はずだ。
剣戟に昨夜のあの剣の輝きを思い出すと、ゲザックは、己が拳に目を
落とした。
唯一自らが持つ武器。己以外に、頼るものはない。なんと不確かな存
在なのだろう。己が死すれば、後に何も残りはしない。戦士は宿命を剣
という形で受け継ぐ。自分達は、いったい? 最低限の技こそ受け継が
れるが、それは常に同じことの繰り返し、新たに積まれていく魂は、心
は、そこにはない。剣は使われることでより強き魂を宿すというのに、
自分達は、命闘士は、何も受け継がない。ただ、己が命を燃やし尽くし、
果てて行く。
刀鍛冶を、名匠を目指した方が、良かったのではないか。剣という形
で、後の世に何かを残すべきだったのではないか。
後悔が、頭の中を駆け巡った。
「――ゲザック、出陣はなしだ」
突如、将軍の声がした。
「ほかの命闘士達もだ。今更お前達を投入したところで戦況は変わるま
い。……全く、やられたよ、まさか神宝を持ってくるとはね」
「神宝……もしかして、<破滅の音>ですか?」
若い……まだ寿命を300年近くは残した命闘士が、尋ねた。恐らく
は、初陣であろう。戦うことへの本当の恐れが、見られない。
「ああ。兵の五百人が、目にも留まらぬうちに、ズタズタにされたよ。
……異世界の剣を、躊躇いもなく使うとは、よほど無謀なのか、それと
も天才なのか」
<破滅の音>――異世界より召還された秘宝にしてこの世界のいかな
る剣も持ち合わせぬ絶対的な力を持つ武器である神宝の一つ。その剣は、
まさに破滅の音を鳴らすが如く、全てを砕いていく。それが真なる英雄
たるに相応しい者の手にあればなおさらだ。
「すぐに陣を散らしてそれ以上の被害は防いだが、これまでだな」
無能ではない、いや、十分に有能なはずの将軍は、破滅の音という僥
倖の力で勝利を手中にした英雄王に、怒りを覚えた。
「……<破滅の音>を持っているのは、英雄王だな?」
悔しげに拳を固める将軍に、ゲザックが唸るように問うた。
「ああ。英雄王シャルマーだ。勝つことができれば私も英雄の仲間入り
ができるところだが、神宝まであるのでは、到底な」
「……我が拳で、神宝を砕くと言ったら?」
「できるものなら、頼んでいる。……無理だ、絶対に」
神宝を砕く……ゲザックは自分自身でも無茶だと思った。だが、そう
とでも言わないと、神宝にまみえることは不可能だろう。
昨日の『本当の』剣が浮かんでくる。
あの剣を遥かに上回る、異世界で生まれ、今なおこの世界でもその力
は高まっている、そんなとんでもない代物を見たい。剣を振るう者達に
よる数億の時に渡る継承の成果をこの目で確かめたい。そうすることで、
己が命を燃やすことの意味をもう一度見出したい。
「やって見せる。……止めても、行くぞ」
だから、自信を持ってそう言った。
「勝手にしろ」
将軍はゲザックの目を見て、半ばあきれたように返答した。どうせ何
を言ってもこの命闘士を止めることなどできはしないのだ。
この将軍は(戦場においては)至って合理的にものを考える人間だっ
たので、力づくで抑えるという行動には出なかった。そんなことをして
誰かが傷つくなど、馬鹿らしいではないか。どうせ退却戦なのだ、もと
より殿軍として何人かの命闘士には死んでもらうつもりでいた。……何
人かの代わりに、ゲザックを投入した方が、まだ生存確率が高い。
いや。
そんな合理的な考えを、首を振って払いのけた。
目だ。熱くたぎる、戦士の目。
この目を、無駄にしたくない。
これほどにたぎる戦士を無駄にする事は、いかに一軍の将とて、やっ
てはならない。
かつて自分が若く、戦士であったころ。一介の兵からここまでのし上
がる道を、思い出しながら、将軍はゲザックを見据えた。
おそらくは自分の息子ぐらいの歳であろう、老齢の外見を持つ命闘士
を。
「期待はしないぞ」
まるっきりの嘘を、別れ代わりに。
「感謝する。わがままを、赦してくれたことを」
ゲザックは、右の拳を突き出し、左の拳を右胸に当て……命闘士の最
高の礼を見せて、それから振り向いた。その瞳は、何もかも捨てて、た
だ戦場だけに向いていた。
「全軍に撤退命令を出せ。殿軍は、ゲザックに任せる」
ゲザックは将軍のその言葉を耳にしてから、ゆっくりと、歩き始めた。
自分とは反対方向に向かって、全く統制のとれていない烏合の衆が走
り去っていく。撤退命令のラッパを聞き、我こそ先にとばかりにてんで
勝手に逃げだした連中だ。
彼らのほとんどは、戦いの前に持っていた武器を――多くの魂を背負
い、宿命をもって主人を迎えるそれを――手にしていなかった。敗走の
際に落とすなり、戦いの際に奪われるなり、したのだろう。それでこそ、
ふさわしい。戦う意味も持てぬ者に、戦うことに命を捨てる決意すらで
きていない者達に、武器を手にする資格はない。
……同様に、拳に命をかけることを忘れたとき、自分は戦場に立つ資
格を失くすのだろうか。剣の輝きに魅了されつつある自分は、もうここ
にいる資格がないのではないだろうか。
迷いが再び鎌首をもたげたとき、敗走の群れが途切れた。
残されたわずかな殿軍が、次々と殺されていく戦場。目の前にはそれ
だけ。
ひときわ輝く剣がふたつ。
一つは、豪華な騎士装束に身を包んだ精悍な男。英雄王。
もう一つの輝きは昨夜の少年。その顔には、昨日のような迷いは微塵
もない。ただ、戦場に身を置き、戦場で己と剣とを高めることで永久に
己を世界に記そうとする、剣を持つことの意味を見出した、最高の戦士
が、そこにいた。剣もまた戦うことの意味を知った主人の手の中で、歓
喜の声をあげていた。
今あの少年と戦って、これが初陣の若造と戦って、勝てる自信がゲザ
ックにはなかった。迷いなく戦う彼に、迷いある今の自分は勝てるだろ
うか。
違う。戦う意味は始めからあるものではない。戦ってこそその意味が
見出せるのだ。自分の戦う意味が見つからないからと、いつまでも逃げ
ていては、戦う意味を見つけることは出来ない。戦う意味を知らぬから
と、戦士と戦うことを避けても、戦いの意味は見出せない。
迷いは、断ち切れた。
「英雄王シャルマー!」
その呼びかけは、戦場の至るところに響いたという。
全く力に満ちたその声はゲザックに英雄王以上の威厳を見せたという。
「我が名はゲザック。ゲザック・ヒートフィスト! 我が拳名ヒートフ
ィストに基づいて、貴殿に決闘を申し込みたい!」
命闘士の最高の礼――右拳を前に、左拳を右胸に――を見せ、ゲザッ
クは叫んだ。
<破滅の音>の輝きが、消えた。
ゲザックに向かい近づいてくる影が、一つ。 彼は右拳を突きだした
ゲザックの前に立ち、手にした剣を地に突き立てた。
そして、腰に下げたもう一つの剣に手をかける。<陽光を断つ輝き>
と呼ばれている剣。英雄王の持つ剣として有名だが、その力、無論<破
滅の音>に勝るものではない。
<陽光を断つ輝き>を構えた英雄王に、しかしゲザックは儀礼の構え
を崩さない。
「……そうか」
苛烈な瞳を受け、英雄王はあきらめたように呟いた。
「『虐殺』したくはないのだがな」
胸の前で右拳を左の掌で包み込むと彼はその強烈な瞳をゲザックに向
けた。
しばし間の後、英雄王が<破滅の音>に手を掛けた。
「申し込み、この<破滅の音>で謹んでお承けしよう」
ゲザックの両の手が降ろされた。
そのまま、拳を握る。
英雄王が大地という鞘から剣を抜く。
青眼に構えた英雄王に、右拳を腰に、左拳を軽く前に突きだしたゲザ
ックが向かい合う。
戦場は、沈黙していた。
世界は、ただ二人のためだけにあった。
二人をとり囲む戦士達は、決闘の行方を見守りたい気持ちはあれど、
二人の高まってゆく気勢に押され、じりじりと後退してゆく。
「立会人、務めさせていただく!」
少年が、ただ一人だけ後退してゆく戦士の輪に加わらずにその内側、
二人だけの領域を犯し、立っていた。自ら立会人を申し出た彼は、今や
この戦場に於いて3番目に力ある戦士だった。
彼は剣を地に突き立て、不動のまま始まっている二人の戦いを見据え
ている。
永劫に続く無言の語り合いは、二人をいかなる想いよりも強く結び付
ける。誰よりも深く互いのことを理解した男達は、が故に離れていく。
参る!
どちらともなく発せられた言葉が、戦いの転機だった。無言の語り合
いは、雄弁な殺し合いへと変貌した。
英雄王の剣は一振りごとに突風を巻き起こし、その剣戟をかいくぐる
ように繰り出されるゲザックの拳はその度ごとに轟音を立てる。
ぶつかり合う二つの巨大な力は、見守る戦士達を圧倒していた。既に
彼らの想像の域を越えた戦いは、とどまるところを知らずに、その勢い
を増してゆく。
「……お主、強いな」
英雄王が、息一つ乱さずに言った。
対するゲザックの息は乱れ、構えるその姿には疲労が色濃い。
やはり、剣には勝てぬのか。幾億の時を経た、戦士達の脈々と継がれ
た想いには勝てぬというのか。
「強さには敬意を表せねばならん。今度こそ一撃で破滅を与えてやる!」
心なしかおびえの含まれた叫びが、戦場にこだまする。
<破滅の音>が、甲高い風のうなりの音を立てる。おそらく名の由来
であろうその音の高まりが、剣からあふれ出る力に呼応していた。
これほどに強大な力を見せる神宝を、砕けるのか?
迷いが、再び飛来する。
いいや、砕かねばならん!
理由もなきまま、それでも確信して、ゲザックは構えた。右拳のみを
構えて、他には何もない。
己が右拳と、相手の姿のみがゲザックにとっての全て。他は必要ない。
「いくぞ!」
天に向け掲げられた英雄王の剣が、一気に振り降ろされる。
右拳すらも剣を砕いてしまえば必要ない。ただ、一撃を、幾億の時の
中で最強の一撃を。
強烈な意志をあらわにするゲザックに、力の奔流が、大地を断ち切る
かの如く、牙を向く。
ゲザックが、拳を、繰り出す。
何よりも存在を訴えている右拳とは対照的に残された体が滅んでいく。
命だけでなく、己が肉体、己が存在すらも力に代えて、ただ右拳のみ
が英雄王めがけて――
既に肉体なきその姿はただ剣のみを捕らえ
四散する
滅んでいく
立ちすくむ英雄王
手には、何もない
目前には敵の姿すらない
朽ちた体すらも
「――負けた、のか」
たかが命闘士一人に、神宝を砕かれるとは。
英雄王の生涯で三度といわれる敗北の一つが、そこにあった。
「英雄王! わかっていらっしゃるな!」
少年が呼びかけた。
無言のままうなずく英雄王。
「全軍、撤退する。私の負けだ」
少年以外の全てを圧倒する声で、英雄王は告げた。
「あの男、ゲザックと言ったか。あやつの最後の姿、あの破壊の旋風を、
忘れはせぬ」
畏怖に満ちた声で、英雄王は傍らに立つ少年に告げた。
「……あれが、戦いの恐ろしさという奴だ。これまで長年戦ってきたの
が、虚しく思えるほどのな」
もう、二度とあんな戦いはできまい。
近い将来裏切られることになるそんな思いを抱きながら、英雄王は少
年に背を向けた。
「いい師を持ったな、少年」
「はい」
尊敬を込めた目で、少年は英雄王の後ろ姿を見た。再びまみえるとき
は、同じ瞳を向けて剣を交わすなど知らずに。
かくて、破壊の旋風は破滅に打ち勝った。