午前三時になったら、西に向かって旅に出よう。
唐突にそんなことを言い出したのは、ぼくだった。ふいうちをするように、いたずらをするように。唐突に何かを言うのは、ぼくの得意なことだった。だけど、それはとびきりのふいうちだった。
ゆうきが答えてくれたのが、「とびきり」だった証拠だ。
「なんのために?」
だけど、十分じゃなかった。ゆうきの答えは、無機質な感じがしたから。
その、無機質な感じを振りはらいたくて、ぼくは陽気にこたえた。
「旅に理由があるもんか。行きたいから、行く。それじゃダメ?」
「でも、行こうって思うきっかけがあるでしょ。どこかを見たいとか、なにかが食べたいとか」
ゆうきは、それがさも当然であるかのように、ぼくをさとした。
「そうじゃないんだ」
ぼくは、少し考えてから切り出した。
「とにかく、なんかぼくの中でもやもやしてる。だから、気分を変えたいんだ。それで、旅に出たい」
「……まきが変えたいのは、まきだけのもやもやじゃないよ」
ゆうきが、目をそらしながら言った。元々視線はずれたままだったけれど。
たった六畳の狭い部屋で、ぼくたちは向かいあいもしてない。
ぼくは、カーペットの上に寝転んで、テレビを眺めている。ゆうきは、椅子の上にちょこんと座っていて、見なれた街なみから目を外したところだ。テレビは目的もなしについていて、音と光をばらまいているだけ。でも、そうしていないとこの部屋が静かになる。ぼくは、今の静かには耐えられない。
だからぼくはテレビを眺めている。見ていないけど、眺めている。
けれど、眺めているだけだから、あきる。それで、ぼくは横目でゆうきの目を見た。ゆうきは一瞬だけぼくをみてから、なんとなく、近くの緑にむいた。
ゆうきが買ってきて持ち込んだ緑。なんて花だかは知らない。小さなうえきばちに入って、青っぽいぼくの部屋の中で、明らかに違う色を主張している。
花が咲くのは、秋ごろだと言っていた。
今はまだ梅雨。
ゆうきがその緑を持ち込んだのは、春先。
もうちょっと短い間で咲く花をもってくればいいのに、そうぼくが指摘すると、ゆうきはおまじないなんだと言った。どんなおまじないなのかは聞かなかった。おまじないってのは、そういうささいなことで力を失うもののような気がするし、ゆうきがかけたおまじないなら、きっといいことにちがいないと思っていたから。
「雨が来るわ」
ゆうきがつぶやいた。ぼくは緑から目を外すと、窓を見た。ガラス戸が開けられていて、網戸から緩やかな風が吹き込んでくる。その風が冷たくなっていた。網戸の隣り、二枚重なったガラス戸の向こう側に、ポツリと雨つぶが足あとをつけた。
「振り込んでくるね」
ぼくは立ち上がって窓のそばにより、ガラス戸をしめた。もう雨つぶは入ってこない。代わりに、ガラス戸を濡らし始める。閉め終えたところでゆうきの方を振り向くと、ゆうきは顔をそむけた。
やっぱり、きらわれたんだ。
「おなかすいた」
そんなことを言って、ゆうきが椅子から腰を上げた。ゆうきはこの部屋にたった一つのノブを回すと、むこうに向かって押しあけた。少しだけ、すえたにおいのする台所。何かを作るつもりだろう。ゆうきは、そういうのをあまりめんどうがらない。ぼくとゆうきの違うところの一つだ。
ほんとうは、ガラス戸を閉めるのなんかも、ゆうきの得意なあたりだった。サッと立ち上がり戸を閉める。少しだけ遅れて、雨つぶがガラス戸を濡らす。何も言わずにこれをやる。
最初のうちは、どうしてそんなにうまくわかるのだろうと思っていた。カンがいいことはなんとなく知っていたけど、間近に見るようになって不思議に思った。ゆうきのカンは、カンというにはあんまりに正確だったから。
だけど、そのうちにわかってきた。ゆうきは、きっと二十年ちょっとの人生の中で、とてもよく回りを見ていたのだろうと。そして、ゆうきは今でもとてもよく回りを見る。ちょっとした変化にも敏感に反応して、たっぷり溜め込んだ「知ってること」の中から、その変化がなんなのかを思い出す。そうして、いちばんよいと思うことをする。
ガラス戸を閉めるのだってそうだ。ゆうきは、風のにおいをよく知っていて、吹き込む風が急に冷たくなったら窓を閉める。風が急に冷たくなるのは、雨が来る知らせだからだ。ゆうきは、そのことを二十年間のうちのどこかでおぼえた。どれだけ冷たくなればふってくるのか、どんなふうにふってくるのか。
ゆうきはずうっとそんなふうなんだと、近頃わかってきた。
ぼくとはぜんぜん違う。
ぼくは、何も知らないところに投げ出されたほうが上手くやれるタイプだった。代わりに、おぼえているはずのことをやるぶんには、あんまり上手にやれない。
肉の焼けるいいにおいがしてきた。ピラフか何かだと思う。
きっと、ひとりぶんだ。
ぼくはゆうきにきらわれてしまっているから。
旅に出たいのも、ゆうきにきらわれてしまったからだ。ゆうきが来てくれるのなら仲直りのために、来てくれないのならもう会わないために。
たったひとつ、間違えただけだったのなら、旅に出たいなんて思わなかったろう。知らないところで何かをやるには、くよくよしない才能が必要だ。けれど、くよくよしない才能があったって、たくさん失敗をくりかえせば気分が沈んでくる。
ぼくはたくさん失敗をした。
ゆうきに辛いことをたくさん言った。ゆうきがぼくの友達と仲がよいのを見て皮肉った。ゆうきのやることすべてに文句をつけた。
それだけじゃない、ぼくはゆうきを疑った。
それがいけなかったと、今ならわかる。
けど、ぼくはもう失敗してしまった。
これまでのだいたい二十年間、ものおぼえの悪いぼくでもわかったことがある。それは、たくさん失敗をして、足元を崩してしまったら、もう取り返しがつかないということ。知らないところでなら何かをやれるぼくは、知らないところで何かをするために、小さな失敗をたくさんしてきた。ものおぼえの悪いぼくは、知らないところが知ったところにかわっても、小さな失敗をたくさんした。
たとえば三年前。
ぼくは高校の演劇部の部員だった。ぼくは演劇が好きだった。なによりいっぱい練習をした。ものおぼえの悪いぼくでも、いっぱい練習をすればおぼえられるからだ。
ぼくは演技があまり上手くなかったし、照明やなにやらも慣れていたわけではない。ただ、雰囲気をつくるのが上手かった。何か起こってしまったときに、真っ先に決断するのはぼくだった。だから、ぼくはみんなをまとめることに徹した。それがぼくの役目とかじゃない。ただ、不器用なぼく(そのころは、ぼくは自分を不器用なんだと思っていた)にできることをしようと思っただけだった。
けれど、ぼくはみんなをまとめすぎた。
みんなをまとめるのは、部長の仕事だった。ぼくは部長ではなかった。部長は人望があったけれど、雰囲気をつくる力はなかった。僕よりちょっとだけ決断が遅かった。それから、プライドが高かった。
部長は、ぼくがみんなを勝手にまとめることに嫉妬したんだと思う。
部長はぼくのことを嫌いはじめた。部長はプライドが高くって、責任感も強かったから。自分の仕事を取られるのが嫌だったのだと思う。
部長が部長になる前は、仲が良かったのに。ひとこと言ってくれれば僕はおとなしくしようとしたのに。けど、部長はそんなこと、言わなかった。
代わりに、部長は僕を責めた。ぼくは下手くそだったから、よく小さな失敗をした。部長は小さな、だけどたくさんの失敗で、ぼくを責めた。
そして、部長はほとんど失敗をしていなかった。ぼくよりちょっとだけ考えるぶん。ぼくより決断が遅いぶん。
責められたぼくは、そのせいでいくつかの失敗をした。小さな、けどちょっとだけ大きな失敗をした。ちょっとだけ大きい失敗をすると、それを理由に責められた。
失敗は少しずつ大きくなっていった。
とても大きな失敗をしたのは、三年生になる直前だった。
部長とけんかをした。
ものおぼえもものわかりも悪いぼくでも、部長がどうやってぼくを蹴落としたかぐらいはわかった。部長はぼくのことをそれだけ責めたてていた。
だから、ぼくはそのことを言い返した。ただ、やめてくれと、そういうつもりで。
けど、ぼくは他のことにも気付いておくべきだった。そのころではもうすっかり、ぼくは信頼をなくしていたんだ。
信頼をなくしていたぼくが、部長と喧嘩したせいで、ぼくは足元を崩し、部長も足元を崩した。もしもぼくがイヤなことを押し込めておけば、そんなことにはならなかった。なにより、居場所をなくすこともなかった。
この街は、ぼくの来たかった街じゃない。
ぼくの行きたかった街は、もっと大きな街だった。でも、居場所をなくしてしまったせいで、僕は努力する気力もなくしていた。ぼくは、大きな街へ行けるだけの勉強をしなかった。それでぼくはこの街に来た。
でもこの街でぼくはゆうきを見つけ、ゆうきと仲よくなった。だから、この街に来たのもよかったのだと思っている。
それなのに、ぼくはゆうきを疑った。ゆうきのことを信じなかった。
高校の時は、信じてもらえなかったせいで居場所をなくした。それなのに、ぼくはゆうきを疑った。
いいや、それがあのことが悪いのかもしれない。裏切られたり騙されたりしたくなかったから、ぼくは先に疑ったのかもしれない。
時計を見た。あと三分で、今日から明日になる。
午前三時まで、あと三時間と少し。
本当に旅に出るのだろうか。
あの言葉は、ほんの思い付きだった。沈んでいたぼくのこころに不意に浮かんできたフレーズだった。唐突に、そんなことを言えばゆうきは笑ってくれるかもしれない。そんな期待を込めて、言ったんだ。
旅に出たいのも本当だった。
ゆうきが笑ってくれたなら、ゆうきをつれて、ぼくが失敗したんだってことをたくさんたくさんあやまりに行きたかった。この部屋では言えないことも、旅に出れば言えそうな気がするから。ゆうきが笑ってくれなくても、旅に出るつもりだった。絶対に戻らない長い長い旅へだ。
フライパンの音がやんだ。ゆうきはいつも盛り付けに凝る。それに、どんなときでも栄養のバランスを忘れない。おまけに、猫舌だ。ピラフが冷めるのを待つために、ゆうきはサラダをつくるだろう。冷蔵庫の開く音。しゃがみこんだゆうきが、野菜を取り出す音。
いいにおいだった。たくさん食べなれた、ゆうきの料理。
もう食べれないかもしれない。
仕方がないんだ。ぼくの失敗のせいだから。
ゆうきは笑ってくれなかった。むしろ、怒っているようにみえた。
悪いのは、きっと、あのキス。
ゆうきとのキスじゃない。ゆうきの知らない人との、キス。
ぼくはすっかりゆうきを疑っていたから、その人とのことを悪いと思っていなかった。だから、キスぐらいはした。今日もそうだった。
偶然だった。運が悪かったのかもしれない。けれど、ぼくもゆうきもその人も、そんなに動き回るたちじゃなくて、この街の中で充分だと思っていた。だから、いつかはこういう偶然が起っていただろう。
ぼくが唇を離したとき、ぼくを見つめるゆうきが目に入った。
見られたと思い、しまったと思った。悪いことをしていたのではないはずなのに。
ぼくの帰る場所は、この家だけだ。
ゆうきの帰る場所も、この家だけだ。
だから、帰ったぼくをゆうきが待っていた。いいや、待っていなかった。
ゆうきはおかえりを言ってくれなかった。ただ、部屋で椅子に座って、外を眺めていた。ぼくが部屋に入っても振りむかなかった。それが、午後八時。
それからだいたい四時間、ぼくたちはそのまま同じ部屋で過ごした。ぼくはテレビをみて、ゆうきは外を見る。ほんとうは、違うけれど。ぼくはテレビを見るふりをしながら、ずっとゆうきを気にしていたから。
いついいわけを切り出そうか、いつあやまろうか。そんなことがぐるぐる頭の中をめぐっていた。
ゆうきはずっと座っていた。
キスを見られたとき、ぼくはいろんなことに気付いた。ぼくがいつの間にか裏切っていたこと、ゆうきは本当はいつもどおりだったこと、ぼくが無用に疑っていただけだってこと。ぼくがゆうきを大好きだってこと。
ぼくはその人に適当な理由を告げて(きっと嫌われたと思う。ぼくとゆうきのことを、あの人は知ってるはずだから)、ゆうきを追った。けど、ゆうきはおどろいた子猫のようにすばしこくって、すぐに見えなくなった。ぼくは心当たりの場所をいくつか回り、最後にぼくたちの家に戻ってきた。
ほんとうは、真っ先に帰ろうかと思った。けど、どうしてか、時間が欲しくなったから、いろいろ回っていたんだと思う。でも、稼いだ時間は何もしてくれなかった。あやまる勇気も、いいわけの言葉も、何も思い付かなかった。それでもゆうきの顔が見たくて、ぼくは家に飛び込んだ。ゆうきはそこにいた。けど、顔は見れなかった。ゆうきはずっと外を眺めていたから。
ゆうきは何をみていたんだろう。
ふと、それが気になって、ぼくは窓に近づいた。ゆうきが座っていた椅子に座って、外を眺める。いつもの街なみ。雨に濡れている以外、何も変らない。
ゆうきは、何も変らないものを見つめているのが好きだった。ゆうきがそれを好きと言ったことはないけど、きっと好きなんだと思う。ほとんど何も変らない中に、ちょっとだけ変っていくものをみつけるのが。
ゆうきのゆったりしたペースは、ぼくとは大違いだった。だけど、ぼくはそんなゆうきのペースが大好きだった。ときどきは、ゆうきと一緒に、変らない何かを眺めて、ゆっくりした。
そういうとき、ぼくはだいたい退屈してしまって、ゆうきを眺め出すことになる。けれど、ちょっとしたことで表情を変えるゆうきは、見飽きなかった。ぼくはゆうきを見ている間だけ、ゆうきのゆったりとしたペースのことをわかった。
ゆうきがゆっくりとやることで、たくさんの知ってることを上手に使えるんだと気付いたのも、ゆうきのゆったりを知ったおかげだった。ゆうきのゆったりを知ったぼくは、ゆうきのゆったりに合わせて、仲良くなっていくことにした。
ゆうきはゆったりと、ぼくのことを知っていった。
なのに、ぼくはゆうきのことをちっとも知れなかった。ゆうきがぼくを裏切るはずがないし、ぼくがゆうきを疑うなんておかしいってことすら、気付けなかった。
ぼくは、ゆうきみたいにゆったりとするべきだったのかも知れない。もうちょっとだけ立ち止まって、ゆったりとしていれば、ゆうきに嫌われることもなかったかもしれない。
窓の外の、雨の音が強くなった。
そういえば。
さっき、ゆうきは窓を閉めなかった。代わりに、「雨が来るわ」と言った。ゆうきなら、窓を閉めるはずだ。すぐに雨が来るんだから。振り込んでこないように、すぐに窓を閉めるはずだ。
なのに、そうしなかった。代わりに僕が立ち上がって、(ゆうきの代わりに)窓を閉めた。
どうしてだろう?
ぼくは、ゆっくりと考えた。いつもなら気にもとめないか、どうでもいいかと無視することを。
ゆうきは、いつだって一番いいと思うことをする。雨が降ってくるなら、ふり込んでこないようにする。それが一番だからだ。でも、しなかった。ということは、窓を閉めるのは一番よくないってこと。
どうして? 雨が振り込んでくるのに。
ゆうきは、「おなかがすいた」とも言った。
でも、ゆうきはそんなこと言わない。ゆうきは、おなかがほんとうにすいてくるほんのちょっと前に、ごはんをつくる。ずいぶんぴったりの量のごはんをつくって、二人で食べる。ゆうきは、自分がどのくらいにおなかがすくかだけじゃなくて、ぼくがどのぐらいにおなかがすくかだって知ってる。そのぐらい、ゆうきはよく知っている。
だのに、「おなかがすいた」と言って立ち上がらなきゃならないぐらい、ゆうきはおなかがすいていた。いつもなら、そうなる前に作るのに。
どうしてゆうきは一番いいはずのことをしないのか。
台所から、気持ちのいいにおいがしてきた。きっとひとりぶんの食事のにおい。
ものおぼえの悪いぼくだから、失敗をしたのかもしれない。もしもぼくが、ゆうきみたいだったら。ゆうきの何分の一かでも、ゆっくりと昔のことを想い出せたら。
裏切られるのがどんなにイヤなことか、それを知っていたはずなのに。
この街に来てから、一度も想い出そうとしなかったあのこと、それをちょっとだけでも想い出せていれば、ゆうきを裏切ったりしなかったのに。
だけれど、ぼくはゆうきを裏切った。
ポーン。
テレビが、そんな音を鳴らした。
「できたよ」
同じときに、ゆうきが部屋に戻ってきた。
時計の針はもう十二時を回っていた。午前三時まで、あと三時間ない。
「まきも、食べるよね?」
ゆうきが、ふたりぶんのピラフを、テーブルに置いた。
「サラダ持ってくる」
ゆうきはそれから、台所に戻った。
テーブルの上には二枚の皿。それから、二つのスプーンにフォーク。
どうして?
驚いたぼくは、戻ってきたゆうきの顔を見つめた。
そこにはいつもの――いいや、いつもとちょっと違う、ゆうきの笑いがあった。
「もう、懲りたよね?」
それは、ぼくの得意技の――ふいうちの、いたずらだった。
ゆうきがテーブルについた。
「食べよ?」
ゆうきは、ぼくのことを見つめて、もう一度笑った。今度は、いつものゆうきの笑い方だった。
ぼくの中のもやもやが、急に形になって、ぼくの胸をつついた。
「うん」
答えた声は、うまく出なかった。
ゆうきはいつものようにゆったりと、ぼくのことを待った。ぼくが笑おうとしてできなくて、それでめまぐるしく顔がかわるのを、ゆったりと見ていた。
そしてそのうち、ぼくのやり方で、声をかけた。
「あと、三時間。行くんだよね?」
二度目のゆうきのふいうちも、よくできたふいうちだった。
「うん」
さっきより少し明るい声で、ぼくは答えた。
「行きたいところが、あるんだ」
ぼくは、ゆうきが待っていた時間の間に考えたことを、ゆっくりと話し始めた。
ぼくに昔あったこと。ぼくが昔やったこと。あの街が嫌いになった、その理由。
時々涙を流しながら、時々声を詰まらせながら。でも、ゆうきが待っていてくれることを知っていたから、ぼくはゆっくり話した。ゆうきは、ぼくの顔を見てずっと笑っていてくれた。
ぼくがゆうきになったみたいで、ゆうきがぼくになったみたい。いつもと違う、不思議な感じ。だけれど、ぼくはそんなゆうきも大好きになった。
昔のもやもやを話してから、ぼくは今のもやもやを話した。ぼくの中の良くないこころ。あんまり見せたくないそれも、ぼくはゆうきに見せた。それから、ぼくはごめんと言った。ゆうきは笑って、うなずいた。
ずっとずっと大好きなゆうきに向かって、ぼくは言った。
「ぼくの街に、帰りたいんだ。もう一度、今度はゆっくり好きになりたいから」
ゆうきはゆっくりとうなずいた。
それから、ゆうきはちょっとふいうちぎみに言った。
「冷めちゃった。暖めよっか?」
時計が、午前一時を指した。
あと二時間。午前三時になったら、西へ向かって旅に出る。