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触れていたかったという渇望、少しばかりの相似

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触れていたかったという渇望、少しばかりの相似

書くべきかとか出すべきかとか悩んだりもしたけれど、いずれ自分なら出さずに居れないのだろうと思ったので。

_約束の一週間ほど前に電話がかかってきたのは俺が名刺を渡していたからで、まあほんのちょっとの違いだった。約束を固辞するという内容の電話口の彼女は、なんだかとても自信なさげで、それを少し元気づけてあげたいとか思ったのだ。博愛主義なんて大それたことをいう気はないが、まあ手の届くものだけはなんとしたいと思う俺にとって、彼女は手の届く範囲に入ってきたなにものかであったのだろう。とにかく約束を断ると言い張る彼女を説いてとある駅前に呼びだして、そこで彼女にハグをした。人肌のふれ合いは人にとって大切で、それできっと落ち着くこともあるとか思って。

人間なんて結局メカニカルなもので、そして人と触れるという行動は人が増えるためには有利な行動特性だ。だからたぶん人の脳には他人と触れると嬉しいとか落ち着くとかそういう部分がハードコーディングされていて、ならばその条件を単に満たしてやればいいのだ。とかそんなことを俺は信じていた。

そしてその俺の確信は実に正しく、実に効果的だった。主に俺にとって。

そういえばしばらく人肌なんて無縁だった、というかそもそも人肌どうこうの経験が実のところほとんどなかった俺は、まあ彼女の柔らかさと温かさと小ささにいっぺんにやられてしまったわけだ。

翌週の約束の会は彼女の姿を誰かに見せるという会で、俺らは彼の正面に彼女を座らせて彼の反応を見て楽しんでいたのだけれど、あのときちゃっかり彼女の隣に座った俺の指はテーブルの下でと彼女の指と戯れていたりした。ひどい話もあったものだ。

_そのあと何度も電話をして、一度は拒まれ断交したり、それがある日復活したり、君のことが好きだと囁きながらでも君の恋を応援すると言いつづけたり。自分でもなにやってるんだかと思うことをしながら年を越して、そのうち彼女が「もうお前とつきあう」とか言い出した。諸手を挙げて歓迎だったわけだけれど、でも彼女にとってそれは妥協で、俺は俺に(結果的に)与えられた一年少々の時間では、それを妥協でないものに変えることができなかった。彼女の選択はきっと彼女が思うようなロマンティックなものではない――それはもっとメカニカルな、彼女の脳に訪れた不具合の問題で、その動作が文字どおりに致命的な結果を呼んでしまっただけのことだ。だから何を思い悩もうと仕方がないことなのだが、それでも思う。自分にはなにかが足りなかったのではないかと。結局最期まで彼女にとって自分は二番め以下だった気がするから、なおさらだ。せめて彼女の「とても愛されていた、でもごめんなさい」という旨の言葉を信じるぐらいしかできることは残っていない。実際俺は可能な限り彼女を触り続けようとした。彼女もよく俺を触ってくれた。もちろん単に触る以上のこともしたけれど、でもそういうことよりただ肌とか髪とかに触れることとか触れられることとか、理性的に見れば馬鹿馬鹿しい行動がときに人間というシステムにとってはそれ以上の行為より大事だったりすると思う。だから、伴侶と思う人には相応に触れたり触れられたりするべきだと思う。

もっとも俺の行為は届かなかったわけだ。でもそれ以外にできることはなかったと思う。触れることは言葉よりも強く深く彼女に届いていたろうし、それでも彼女は選択をしてしまったのだ。今となっては彼女の選択の理由は知れないし、おそらくもうわかりもしない。結局それから俺が誰かを明確に愛したことはなくて、俺はそういう意味で留まり続けている。

_ところで先日、とあるなれそめの話を聞いた。六年前の春、俺と彼とを分けたであろう名刺という紙一重のきっかけがあったように、その人は俺と彼とを紙一重で分けて彼の方に舵を切ったのだと。どこかで聞いたような話だと笑ったが、しかしちょっとだけ笑えないものを感じたりもした。

まあ思い悩む必要があるほど符合はすまい。その人は不安定というか沈む傾向こそありそうなものの彼女ほど病んではおらず、あるいは彼ら既に明確な選択を決意して実行済みでもあるので俺が口を出すこともないとは思うのだ。

思うのだが、俺は俺の手が届く範囲でなら世界を変えたいとささやかに願う性質の人間だ。そしてその人が俺に見せる(主に俺のふくよかすぎる腹に対する)執着やら、その人の伴侶であるところの彼のおそらく他人に弱味を見せたがらぬ態度とか、まあそういうものを見て少々不安を憶えている。

もうちょっと構ってやれよとかあるいは構われてやれよとか、あるいはイチャイチャした態度を見せてみやがれとか、そんなことを思うわけだ。ちなみに俺はやけに仲良さそうなカップルをみるとガン見したいと思う。奴らがイチャイチャしているのを見るのが好きだからだ。もっとイチャイチャしやがれと思うのだ。実際にはガン見すると気づかれてイチャイチャするのをやめてしまう事が往々にしてあるので、適当に気づかないフリをして覗き見するわけだが。

そんなわけで俺の前では堂々とイチャイチャするといい。むしろ是非にとお願いしたい。……そんなことがプライドの高そうな彼にできる気もしないのも事実だが。それともあれか、俺が代わりにイチャイチャしていいならそうするぞ? っていうかやんないならいっそ寝取るぞとか言っておくべきなのか? そのへんは(過激な)冗談だとしても、もうちょっとなんとかしてやれよと思っているのは事実なので。

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thi : ハグ重要だよね。

white : 重要ですね。言葉なんかじゃなんともならないことが、それだけでいっぺんにどうにかできることもあるし。

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